またまた日付ネタですが、1997年11月16日は、翌年に開催されるワールドカップ・フランス大会のアジア最終予選で日本代表がイラン代表に3対2で勝利し、日本のサッカー史上初めてワールドカップ本戦出場を決めた日。これが俗に言う、「ジョホールバルの歓喜」。ジョホールバルは、試合が行われたマレーシアの地名だそうです。
一方で個人的には、その4年前の、あと一歩でワールドカップ本戦出場を逃した「ドーハの悲劇」のほうが耳に残っています。歓喜より悲劇のほうが、言葉面の刺激が強いのでしょう。あるいは、ドーハもまた試合が行われたカタールの首都名なので、劇的な出来事に地名を重ねる呼称の付け方に感銘を覚えたのかもしれません。そんなこと、日本代表が悲願を逸した直後は口にできなかったけれど。
さておき「ジョホールバルの歓喜」は、「ドーハの悲劇」があってこその俗称になったわけですが、おそらく最初に言ったのは歴史が好きな人じゃないかと。史実を伝えやすくする場合によく用いられる方法だし。類似でぱっと思いつくのは、本能寺の変。桶狭間の戦い。大阪の陣などなど。それらも誰が最初に言い出したのか知らないけれど、年号を丸暗記するより、名称で覚えたほうが記憶に残りやすいですよね。
そしてまた出来事に名前がつくというのは、未来永劫忘れてはならない、または忘れないでいてほしい重要な案件に他ならないわけです。そんなこんなで日本初を達成した「ジョホールバルの歓喜」は、平成史の一つとして歴史の教科書でも紹介されているそうな。平成は『失われた30年』にどっぷりハマったとされる時期ながら、こんな大きな収穫もあったんだよと、そんな解釈をされるのかもしれません。そのポジティブな流れに沿えば、喪失が重複してしまう「ドーハの悲劇」が教科書から除外されるのは止むを得ずかも。
いやまぁ、いずれにしても史実に俗称は欠かせず、加えて地名がグローバルになっていくなあという話でした。織田信長はジョホールバルがどこか知らなかっただろうな。

余裕があるときは風情を感じ、急いでいるときは時代遅れの産物と罵りたくなるもの。
