新潟生まれで長野の白馬を愛するプロスキーヤーが言いました。
「やっぱり山はいいですよ」
2歳くらいからスキーを始めた彼女は、やがて世界チャンピンとなり、オリンピックのメダリストにもなりました。現在は競技の第一線から距離を置いているけれど、今でもアスリートの活動を続けながら山の暮らしを楽しんでいます。
以上のようなプロフィールを紹介すれば、そりゃ山が好きで当然と思いますよね。でも僕はひねくれているせいか、スキーが本職であれ、そんなに山ばかりにいて飽きないものかとたずねてみたのです。子供が生まれてからはキャンプが趣味になったらしく、仕事もプライベートも山中なんて信じられなかったから。そんな疑念を口にすると、こんな問い掛けが返ってきました。
「トナオさんの仕事だって、山でもできそうじゃないですか? 清々しい景色の中なら、執筆も進むと思うのだけど」
そう問われて、はたと考えてしまいました。まず物理的な面では、PCと机と通信機能を確保できれば、確かにどこでも原稿を書くことはできる。慣れた空間は必要になるかもしれないが、それも場所を決めさえすれば時間が解決してくれるはず。
ならOKか? 物理的な支障として検討すべきは、圧倒的に多い都内、または都心出発の取材に対応する際の時間と費用の問題。それすら面倒を見てくれるほど僕を必要するクライアントは皆無だろうし、あえて試す勇気もないし、だから現実的に山でも原稿がかけるのは人気作家くらいだと思います。
そうした依頼に関する物理的な理由を盾に、僕は東京拠点を譲れずにいるけれど、本当は精神的な面で、そこそこ人の気配がある場所にいたいのです。首都圏育ちという僕の生い立ちが影響しているのでしょう。とは言え人混みは苦手で、しかし静寂は怖いという、かなり傲慢な嗜好ではありますが。
ゆえに彼女の問い掛けには答えを濁したまま。僕だって山も海も川も好きだけど、その近くで仕事ができそうにない理由を清々しい景色の中で伝えるのは、場の雰囲気にそぐわないと判断したからです。
何と言うか、同じ場所に訪れながら前回の記憶が消えてしまうくらい、たまに大自然に触れるのが、僕は調子がいいみたいです。都合優先のカッコ悪い判断ですが。

こんな感じをたまに味わって、また東京に戻るのかあと嘘っぽい溜息をつくのが好きみたい。
