時事の類なので、少し時間を置いてから触れてみることにしました。
一昨日の月曜日、嘱託殺人などの罪に問われた被告医師の第二審判決が出たそうです。裁判所は懲役18年の一審判決を支持。弁護側の控訴も棄却。おそらくこれからも、被告の無罪主張は覆らないと思われます。
2019年11月30日の事件でした。正確な日付は覚えていなかったけれど、この件の第一報を耳にしたとき、深く静かな衝撃を受けたのです。生きる希望を失うほどの難病を患った人が、その絶望から逃れる唯一の方法として、医師に自死を委ねた。これが、僕が最初に知った事件の概要でした。
およそ健康を維持できている僕らが人生について考えるのは、おおむね「いかに生きるか」だと思うんですね。しかし年齢を重ね、たとえば親が逝った歳や、あるいは平均寿命までの距離が近づいてくると、人生の後半には「いかに死ぬか」という、極めて重大な命題のようなものが待ち構えていることを知らされます。
僕の意識がそこに向かうようになったのは、母親の存在でした。事件が起きた時点ですでに完全な高齢者でしたから、そのタイミングでも命題のようなものは頭にちらついていて、母親のこれからにどう寄り添えばいいかを考える時間が増えていました。
だからこそ、件の患者と医師の関係性に心が奪われたのです。大事な人の最期を見届けるのは、家族ではなく医師なのかもしれないショックを新たにしたから。これは、病院で息を引き取った父親の最期に、僕ら家族が誰も立ち会えなかった経験が影響しているのでしょう。
ところが、時間の経過とともに事件の詳細が明らかになっていくと、ある意味では好意的に受け止めてしまった僕の想像を超えた、少なくとも報道の限りでは残念な事実がいくつも浮かび上がってきました。
改めてこの事件に触れて、いろいろな思いが頭を駆け巡っています。その中でひとつ気づいたことがありました。僕は母親を通じて「いかに死ぬか」を知らされたと言いながら、実際は母親を「いかに死なせるか」を考えていた。しかしそれは、命に対してあまりに不遜で傲慢なのではないかと……。
え~と、極めて重大な命題のようなものですから、やはり簡単に答えが出るような話ではありませんね。今日のところは、とっ散らかったまま放り出す勝手をお許しください。

隈 研吾建築コレクション@白馬村。
