まとも

寓話や童話の世界では、年寄りを騙せば必ず大きな罰を受けることになっているわけです。しかし昨今の特殊詐欺では、ずる賢い手法で実態を見せない指示役以上の者たちが逃げおおせている。そんな連中に天罰を下す力があればと思ったりしますが、一方では実行役となる若者が捕まるニュースが増えています。それを受けると、識者とされる大人たちが若者の心理を分析し始めるんですね。
「自己評価が高い傾向にあるのではないか?」
これは、あるコメンテイターの意見です。最近の若者の中には、自分はちまちまと時給を稼ぐのではなく、多少リスキーでも一攫千金を得るに値すると思う者が増えていると、そういう見解らしい。それを聞いて「ほお」と唸ったのは、納得より疑念が強かったからでした。
本当にそうなのだろうか? 識者と呼ばれる方であれば、気分や憶測に頼ったコメントはしないだろうけれど、若いというだけでそこまで阿呆な人間が多いとは思えません。少なくとも僕の周りには、ちまちまであれ時給を稼いで働く学生がたくさんいるし。
ただ、傾向を語るのであれば、ヤバそうな誘いを表示するスマホに頼り切る感覚は注視すべきじゃないでしょうか。怖いのは、それが偏りと気付かないことだと思います。世界中から膨大な情報を引き出せるようでいて、実は検索するほどに自分の感性が閉じていく。だから確実にイリーガルな誘惑であっても、報酬だけに意識が奪われていく。
ほんの束の間でも目を外す習慣を身に着けたらいいのにと思います。たとえば本日の自宅付近の天気をネットで調べてみても、窓を開けて知る温度や湿度の体感は必ずしもスマホ通りじゃないのだから。
『まとも』という言葉好きです。一般的には【真面】ですが、【真艫・真舳・真舮】という漢字を充てると、船の船尾。ないしは船尾の真後ろから吹いて船体を前に進める順風や追い風を意味します。
風が一定しないのはこの世の常。だから何とか『まとも』の風をつかまえて無事な航海を続けたい。そう考えながらわりと長く生きてきても、今もって見極めの難しさに悩まされます。順風かと思えばいきなり逆風になったり、あるいは無風に立ち往生したり。それだけ世間に吹く風は読み切れません。いやまぁ、僕の航海術が劣っているせいでもありますが。
成人となった皆さんに何か言えるとしたら、できるだけ野に出て、まともの風を体感してほしいということでしょうか。

晴れ着にふさわしい背景かなあと思って。

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