注意力が極めて散漫な人が運転するクルマと同じくらい乗りたくないのが、噂話。あれって、わずかな降雪で雪だるまづくりを試みるみたいに、転がすほどに泥が混ざっていくでしょう。いわゆる尾ひれがついて、どんどん醜悪になっていく。それがわかっていながら、あえて汚い雪だるまを嘲笑おうとする興味の持ち様は、その出発時点で潰しておきたいと思うのです。
何なんだろう。外される梯子の大きさ、ないしは信用との落差に比例して、「そう言えば」とか、「聞いたところによると」という尾ひれが増えていくのかな。中には、その場にいなかったのにさも当事者みたいな顔で「実は」と打ち明けるような人も出てくる。僕はそれも、泥混じりの雪だるまみたいに見えます。
とは言うものの、およそ誰かを貶める噂話を完全に遮断できるほど、我が精神は強くないし、清くもない。目や耳にすれば、やっぱり意識が向いてしまいます。なおかつ、そんなことがあり得そうだと思ってしまう情報であればなおさら、なんですよね。まぁ、あり得そうな事柄こそがまさしく尾ひれの正体なのだけど。
しかし、尾ひれは言い得て妙ですね。増えるほどに推進力も高まるなら、そりゃ噂話はどんどん世間を突き泳いでいけるわけだから。
結論として、噂話は迷惑なんです。一度でも頭の中に取り込まれてしまえば、自分の中にあるかもしれない「そう言えば」や「聞いたところによると」を照らし合わそうとするから。そうして個人の推測をカードゲームみたいに切り合うのが噂話のおもしろがり方なのでしょう。けれど、真実にたどり着けないなら時間がもったいない、というのが僕の見解です。
いろいろ言ってますけれど、煙が立ち上っても曖昧な火事場泥棒的な情報には乗らないよう気をつけたいです。乗ってしまえば、いつか乗せなきゃいけなくなるかもしれないし。何であれ、尾ひれの種類で人間性が透けてくるなんて事態を引き起こさないことですね。僕が火元になったら、どんな尾ひれがつくんだろう。想像したくもないな。

絵ネタに困ったら無口な働き者にフォーカス。しかし都心はクレーンだらけだな。
