今日を迎えるために今回の朝ドラを見続けてきた

すでに記事が公開されているので堂々と触れますが、現在放映中の朝ドラ『おむすび』が始まって3週目に入った頃、同番組の制作責任者に話を聞く機会がありました。そのタイミングは、ご覧になっている方、または興味がある方ならご存じの通り、「朝ドラにギャル?」などという逆風が吹き出していた頃でもあります。ここ数年は朝ドラを見続けている僕にしても、今回はなかなか難しいかもなあと思っていました。
しかし、世の中何が起きるかわからない。取材に当たり、ちゃんと見ておいてよかったなと胸を撫で下ろしたのは言うまでもありませんでした。
さておき今作は、食を通じて未来を考える栄養士が主人公です。彼女がその道を選んだのは、幼少期に起きた阪神・淡路大震災での避難体験でした。この災害の記憶は、物語の根底に横たわっています。
それから、記事では主題と外れたのであまり書けなかったけれど、制作責任者の方は、平成という時代を描きたいという思いがあったそうなんですね。
平成を評する場合によく使われる「失われた30年」。主に経済の低迷期を指す言葉ですが、他方では平成七年に件の阪神・淡路大震災があり、平成二十三年には東日本大震災が発生しています。となれば平成は、本当に何かを失い続けた時代なのだろうか? そんな疑問、あるいは憤りを制作責任者が感じたのは、彼自身が青春の頃や社会に出て働いた時期に平成を駆け抜けたからだと話してくれました。
「若い自分が懸命に過ごした時代が喪失だらけかと言えば、そんなはずはない。仮に“失われた”とされても、それでも懸命に生きた人々はたくさんいる」
そうした切実な事実を、ドラマに登場する市井の人々によって表現したかったのも、『おむすび』の狙い、または願いなのだそうです。
本日1月17日は、阪神・淡路大震災から30年後の当日。このタイミングに番組の放送があるので、僕は「何が描かれるのかを見守りたい」と書き残しました。期待に添うトピックは出てこないかもしれません、いずれにせよ僕は、今日を迎えるために今回の朝ドラを見続けてきたのです。

月光は難しくても、日の出直前の輝きなら何とか撮れる。目の玉が縮むほど寒いけれど。

 

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