朝ドラの話をした一昨日に思いついたテレビの話題を。しかし、これはテレビの話じゃないかもしれないな。
何かと世間の流れに乗れない性質ゆえ、Netflixに加入したのは昨年の秋。きっかけは、「まだ『地面師たち』観てないの?」という飲み仲間たちの呆れでした。遅れを取り戻そうと鑑賞した感想を正直に言えば、回を追うごとに僕にはフィットしなくなっていった。もはや地上波では放送できない描写が配信サブスク系の特徴だと聞いていたけれど、最終的に『地面師たち』は残虐性だけが印象に残りました。あくまで個人の見解です。
さておき年末には、U-NEXTも試してしまいました。長年のファンである音楽家のライブが晦日に限定配信されたからです。わりとためらったNetflix加入によって、気持ちのタガが外れたのでしょう。
そんなわけで本日現在は、以前からのAmazon Prime Videoを含み、計3種の動画配信サービスを利用している状況になります。実感しているのは、「そんなに見られないなあ」ですね。サービスごとの特性は理解できるものの、重複している番組も多々あるので、早期の集約を検討中です。
もうひとつ感じたのは、膨大なプログラム数に目移りするあまり、1作品をじっくり鑑賞できなくなる恐れです。これがダメならあれもあるってのは、豊かなようでいて、実りなき浮気を繰り返すような気がするんですね。
それに、頑張って作品をつくり上げた人たちを考えると、申し訳ない思いが生じるのです。前段で多少つまずきがあっても、今後の展開に希望を感じ取れれば、何とか最終話まで見届けたくなりませんか? その逆パターンが『地面師たち』でしたが、肌感にそぐわなくなっても最終話までコンプリートしたのは、物語に触れた義理があったからです。自分でも面倒臭い時代遅れの感覚だと思いますが。
それでも動画配信サービスに感心しているのは、1話に1時間を要する連続ドラマをつくるところです。できれば浮気せずじっくり見てくださいってボリュームですからね。その流れで言えば、Netflixの『阿修羅のごとく』はよかった。45年くらい前にNHKが放送したドラマと同じ脚本なのに、その再ドラマ化が配信サービスで実現するというのも、やはり時代なのでしょう。あるいは時代に即した作品づくりが、往年のテレビ好きを救う措置になっているのかもしれませんね。今の僕のテレビ好きは、テレビに映ればOKに変化しているみたいだし。

ここに来て街角工事による、ちょくちょく渋滞が増えている気がする。
