フィジカルな闘争を期待する本能が潜んでいても

丸1日置いても腹の奥底まで響いたような衝撃が消えないのです。改めてボクシングの怖さを思い知らされました。
みなさんご存じの、井上尚弥選手による4団体防衛戦。現時点の彼が試合をする場合、常に防衛という守りの意識が拭い切れない言葉がついて回るわけですが、そこはモンスター。結果は4回KO勝ち。ただ、いつもとは少しだけ内容が違いました。
計11分25秒の短い戦いながら、これまでより相手のパンチを受けるシーンが多かったようです。試合後、この件についてチャンピオンはこう説明しました。
「相手を研究する時間が足りなかったので、ある程度は被弾しながら様子を見た」
今回のマッチ、本来は昨年末に行われる予定だったんですよね。けれど相手の事情で延期から辞退になり、別の選手と戦うことになった。ゆえに世界最強と称されるチャンピオンでも、準備が整いきらなかったことに幾ばくかの不安があったらしい。
その上で実行した作戦が、侍の戦方とされる「肉を切らせて骨を断つ」。実際には肌が裂けるほど肉を切らせなかったのは王者の貫禄だったのだけど、殴り合いの最中で相手の実力を推し量るというのは、それがボクシングの常識だとしても、やっぱりおっかないことだと身震いしました。
あくまで素人の見解ですが、井上尚弥という人は、繰り出すパンチで物語を編み込んでいくボクサーだと思うのです。あらゆる攻撃と防御にはすべて意味があり、勝利という結末に向かって確実に文脈を構成していく。表現を変えれば、ダウンという死に近い状態まで相手を追い込んでいく、実は相当に残酷な展開なんですよね。それを実現させる技術が類稀で美しくさえ見えるから、多くの人々が魅了されてしまう。
そんなことはこれまで観てきた井上選手の試合で気づいているのに、一昨日の戦いは過去にないほど冷徹な物語を見せられた気持ちになりました。それをもっとも感じたのは、顔面のワンツーでKOされた相手選手が倒れ込んだとき、思わず手を当てたのが右の脇腹だったシーンです。顔の前に打ち込まれていたんですよね。それもチャンピオンの文脈通りだったのでしょう。
どんなスポーツも観るよりはやってみたくなる性質ですが、ボクシングだけは別。仮に僕の中にフィジカルな闘争を期待する本能が潜んでいても、自ら進んで解放しなくていい。それを頑なに望んだ試合でした。

堤防に常緑。きっと誰かの配慮。

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