改めて驚かされたのは、一大事が起こり得る可能性が存在する上で、無事故を祈るしかない物事の多さでした。たとえば道路の陥没。よく通る道に大穴が開く想像をしながら運転する人なんて、まずいません。
それでも一大事は起こる。そこに百や千の発生確率が潜んでいたなら、運の良し悪しに関係なく、あるいは今日もどこかで間違いなく。
2003年2月1日、地球に帰還中だったスペースシャトルのコロンビア号が空中分解し、7名の宇宙飛行士が犠牲になる事故が発生しました。ニュース映像を覚えているので、そんなこともあったと振り返ってみたら、原因の些末さに腰が砕けそうになりました。
打ち上げの最中、外部燃料タンクの断熱材が剥がれ落ち、コロンビア号の左主翼を直撃。これにより、大気圏再突入で生じる高温から機体を守る耐熱システムが損傷。熱に耐えきれなかったコロンビア号は分解を余儀なくされたそうです。
本当に余儀なかったのか? 実は、スペースシャトルの発射時に外部燃料タンクの断熱材が剥離する事案は、以前から起きていたらしいんですね。そしてもし断熱材がスペースシャトルに当たり重要な機能に被害を及ぼしたら、宇宙飛行士たちが帰還できないことも予見できていたそうです。
にもかかわらずコロンビア号を飛ばしたのは、莫大なコストを要する一大プロジェクトの進行を止められなかったからでしょう。
言うまでもなく、スペースシャトル計画は非日常的な事案なので、件の道路陥没事故とは性質が異なります。けれどワシントンの墜落事故にしても、一大事が起きてから十分に起こり得る可能性を説明されるわけですよね。そんなおっかない状況が僕らの日常を取り巻いている。飛行機に乗らなきゃいけない仕事があれば断れないし、ましてや埋設物だらけの道路を避けたクルマの運転もできない。科学的に証明できる物理的な原因があっても、事なきを得るためには祈るしかないなんて、どうしたらいいんでしょうね。
祈るのであれば、何かと脆弱な都会に出された、明日の雪予報が外れることに向けたいです。止む無く外出する人たちが、無事に予定を果たせますようにと。

見えにくいけれど、梅に鶯ならぬメジロ。こういう写真が増えていきそうだな。
