今日は立春。心密かに愛でている二十四節気の最初の節気。思い出深いのは2年前。結果的に還暦記念となったギターと出会ってしまったのがこの日でした。
そのときは2月4日。地球から見た太陽の通り道に立春日の時刻があるらしく、それが毎年少しずつ違うので、カレンダー上の立春の日付が変わるそうな。であっても、ギターに関する記憶の付箋には「立春の出会い」と記してあります。そのほうが麗しそうだから。
さておき、立春の前日が節分。ゆえに今年は定説的な2月3日ではなく、2月2日。二十四節気愛好家を自負しておきながら、「そうだったのか!」と慌てふためいたのは、節分前日の晩に関西出身者と話したときでした。
「正月のおせち料理やお雑煮と同じで、子供の頃から当たり前に」
話題の的は恵方巻。いつ頃から食べ始めたのかたずねたら、そんな答えが返ってきました。当たり前と言われれば、問うこと自体が間違いだったかもしれません。でも、関東出身者の僕にとって恵方巻は、いまだに親近感を抱けません。太巻きは美味しそうだけど。
関東の人間が恵方巻を知ったのは、コンビニでしたよね。そういうものがあると知らされていく過程で、食べ方の作法も伝授された記憶があります。しかしよく覚えているのは、期間集中の大量生産による大量廃棄のニュースだったりします。そんな報道を、あるいはそんな記憶を、関西出身者はどう感じるでしょうか。
「黙って食べなきゃいけないのに、必ず笑かす兄弟がいて困る」らしいですよ。そういう家族との思い出ととも地域特有の習慣や行事が伝統として育っていくなら、何と言うか、これ以上余所者が荒らしちゃいけないと考えるのですが、いかがでしょう。
なんて正論を吐いてもどこにも響かないのは承知していますが、そう言えば僕はまだ関西圏のリアルな節分を経験していないので、来年のこの時期は、大阪か京都あたりに滞在してみようかと思います。立春から始まるこの1年で、恵方巻を供してくれる温かなお宅が見つかるといいのだけど。

低学年だけのチームかも。みんなちっちゃくて、でもちゃんと野球をしてた。
