例によって本日もいろんな記念日となっております。史実由来で興味深いのは『海苔の日』。1324年前の大宝元年一月一日、現在の暦に直すと701年2月6日に制定された大宝律令に、海苔が租税として納められたという記述があったそうな。生海苔を消化できるのは日本人だけと聞いたことがあるけれど、これほど長い付き合いがあるなら納得です。
他方、日付の語呂合わせもいつかあるようです。気になったのは、『プロの日』。2をプと読むみたい。
さておきプロに関しては、ある人から教わった、確かアメリカの裁判所が提示したというプロフェッショナルの定義が胸に響きました。とは言え、一字一句正確に覚えていないのが我ながら残念ですが、およそこんな内容です。
「雇い主の要望に対し、専門的な知識や技術で応え、相応の対価を得る者」
曖昧さを排除した、実に明快な表現に感銘を受けました。この定義に則れば、特定の技能に長けているから「プロだなあ」と褒めそやす感覚は、プロフェッショナルから除外されます。まず不可欠なのは、要望を持つ雇い主の存在。つまり、どんなに優れたスキルを有していても、雇ってもらえなければプロフェッショナルになれないわけです。そこは、明快な分だけ厳しさが滲むポイントでもありますね。
いくらか曖昧さを残すのは、「専門的な知識や技術」でしょうか。そのあたりを明確にするため、資格試験に通った者をプロフェッショナルと称す向きがあります。ですが、そもそも試験がない僕のようなライターであっても、「専門的な知識や技術」で「雇い主の要望」に応えられるのであれば、「相応の対価を得る」プロフェッショナルになれる可能性があります。僕はそれ、法の抜け道とまでは言わないまでも、ある種の特例と受け止めています。
いずれにしても、雇い主の要望に応えるのがプロフェッショナルと定めてしまえば、巷で語られる「プロフェッショナルな仕事」や「プロフェッショナルな振る舞い」といった比喩の真意が明らかになるでしょう。
冒頭の話に戻りますが、海苔を租税に値するものと認めさせた遥か昔の人々も、プロフェッショナルと呼ぶべきですよね。そんなこんなで、誰に頼まれるでもなく2つの記念日を結びつけてみたのですが、いかがでしょう。

戦後10年に建った中学校みたいです。卒業生ではありませんが、祝意を表せていただきます。
