クルマを運転中、どこからかサイレンの音が聞こえてくると、自然と身構える癖がついています。サイレンを鳴らし、赤色の警告灯を光らせながら走るのは、救急車や消防車やパトカーなどの緊急車両。それらが接近してきたときは、緊急業務の遂行を優先させるため、おおむね道路の左側に一時停止しなければならないことが、道路交通法で義務付けられています。
でも、サイレンの音が聞こえた場合の緊張感は、法の縛りとは別の理由で生じるものだと思うんですね。特に街中の狭い道まで入り込んでくる救急車の場合は、とにかくスムーズに通してあげたい。そのために自分ができる運転操作と状況判断を瞬時に判断するから、自ずと身構えてしまうわけです。
通行中のドライバーたちがサイレンに気づき、その道路全体で緊急車両が速やかに通過できるスペースを確保する。そういう流れに触れるたび、なんて美しい光景なんだと感心します。不謹慎ながら、その特別な道筋が発生する様子を空中からとらえた映像を見てみたい衝動に駆られたりもします。
そんな見知らぬ者同士による連係プレーが達成されるのは、サイレンの音が示す人命の危機を放っておけない心持ちになるからだと思います。となれば緊急車両の優先は、果たすべき義務ではなく、尽くすべき使命と言えるのかもしれません。
多くの方が見守り続けているであろう、大規模な道路陥没事故の経過。直接・間接を問わず事態の改善に尽力されている人々が「救助」を掲げていることに、胸を打たれ続けています。

意味を感じてしまった廃棄物が1週間経ってもそのまま。ただの不法投棄だったなら残念至極。
