通いたくなる飲食店の条件とは何か? それを突き詰めてみたら、美味しいものを食べたいというより、美味しく食べたい、または美味しい思いをしたい店にたどり着きました。こんな答えじゃ、がめつさが際立ちますよね。
僕は、食に関して強い興味を持たないタイプです。だから、美味や新味を求めて様々な店を食べ歩くこともしません。そんな体では舌が肥えないまま生涯を終えそうですが、取材という形で相応の食体験があるので、一般的な美味のレベルはおおむね知っているつもりです。しかし根本が興味不足なので、驚きのない普通レベルでも対応できます。
などという話を食べ歩きが好きな人にすれば、「人生だいぶ損してる」と嘆かれるでしょう。確かに、「美味しいものを食べたい」という文脈に従えば、僕は自ら損を選んでいるのかもしれない。けれど特段のデメリットを感じていないのは、先述の通り「美味しく食べたい、または美味しい思いをしたい店」を少数ながら知っているからです。
それはどんな店か? これも答えは単純です。およそひとりで訪ねる僕をかまってくれるところ。となると、形態的には料理人と言葉を交わしやすいカウンターが備わっていて、何も話さないタイミングでも放置感が薄いオープンキッチンであることが望ましいわけです。その上で供される料理が一定以上のクォリティに達しているという……。
我ながら無茶苦茶な条件と呆れながら、それを叶えてくれる店の人々によって、僕は美味しく食べる時間を楽しめています。あるいは特別なサービスによって、実質的に美味しい思いも。
要するに僕が求めているのは、心温まる居場所なんですよね。それを確保するには時間が必要です。違う店で働いていた頃から店主を知っていたり、または一見状態から足繁く通って顔を覚えてもらったり。
そういう物語を編んで得た居場所は、そう簡単になくならないでほしい。そんな懇願が虚しくしぼんだ過去も何度かありました。一方では、縁の潜伏期間を経て新たな居場所になりそうな店というか人が現れてくれることもある。そのもてなしが素晴らしいと、この人生、決して食で損をしていないと思えるのです。

できると聞いてから数年経って実物を見たコーヒー屋。麗しすぎて近寄れないかも。
