30代以上になってから10代の自分の写真を見ると、気恥ずかしいほどの若さを感じるんじゃないでしょうか。そんなふうに10年単位で振り返っていくと、40代から見た30代にも、または50代からの40代にも、実は10代の自分に感じたような若さを発見できます。
とは言え、30歳になれば「もう」と思ったり、40歳なら「ついに」と覚悟したり、50歳ともなれば「いよいよ」と溜息をついたりします。それは、その時点を生きる他にない人間の当然の感覚です。なのですが、ついこの間こんなことがありました。
いつも颯爽と年長者をいじり倒す40代の飲み仲間が、まるで暴露するように50代の自分の写真を突き出しました。それを居合わせた連中が眺めて、「若いね」と言ったんですね。確かに、そこに写る僕は今より顔つきが柔らかいような気がしました。しかし自分の50代と60代前半の見た目なんて客観的に判断できません。ただ、他者の視点がそうとらえるなら、もしや70代の自分から62歳の今の自分を眺めたときにも、相応の若さを発見できるかもしれないと思ったのです。
「ずっと独立を考えてきたけれど、40代は予想より遅かった」
これは、僕の新たな居場所をつくってくれた、昨日のオーナーシェフの言葉です。果たして40代は遅いのだろうか。飲食店の創業にふさわしい年齢はよく知らないけれど、同じ個人事業主として、何であれ独立を決意したこと自体に敬意を払わずにいられません。ましてや初期投資と月々の経費がかさむ職種ならなおさら。
そういう地平に踏み込んだのが40代であれば、そのタイミングに行き着く物語を歩んできたに違いない。それに、10年後ないしは20年後の自分が現在の君を見たら、「まだ全然若いよ」と呆れるようにつぶやくかもしれない。40代では気づけないほど人生は長くて懐が深いものであることを、将来の自分は知っているら。
そんな体験談を、できるだけ偉ぶらないように伝えました。要は、必要以上に今を怖がらなくていいと言いたかったんですね。真意が届いたかどうかは不明ながら、お客さんがいなくなったカウンターで酌み交わした食後酒がすこぶる美味しかったのは、その日の確実な記憶になりました。

かなり強引ながら、これも冬だけの夜桜景観なのだろうと。
