考えないって素晴らしい

たとえば自転車。あれって、たいがいは子供の頃に自然と乗れていましたよね。その最初に自力で漕ぎ出せた瞬間を記憶していますか。僕はまったく思い出せません。かろうじて覚えているのは、左右に備わる補助輪の片側を上げて、バランスが取れる様子を身につけろという父親のアドバイスです。ただ、そう言ったはずの本人による直接指導を受けた記憶もないんですよね。放っておいてもそのうち乗れるようになると高をくくったんじゃないでしょうか。ヘルメットやプロテクターの用意がない時代なのに。
それでも僕は、あるいは多くの人は、自然と乗れていました。それはおそらく、どうしても乗りたいという一途な思いを素直に抱けたから。その思いに全力で応えたのは、子供時代特有のコツをつかみ取る感覚じゃないでしょうか。
極端に言えば、何も考えないことの賜物だと思うのです。自転車の構造に伴った人間の重心の取り方とか、ペダルを漕ぐことで発生するジャイロ効果なんて理論なんて、実は気づいたら乗れるようになっていた感覚には勝てないんですよね。
対して大人になると、身体に関わることは頭の理解が必要になってしまいます。それで僕がつまずいたのがスケート。29歳のとき、勢いでアイスホッケーを始めてみたものの、ある程度滑れるまでに長い時間を要してしまいました。
どうエッジを使えば効率的に滑れるか? そんな理屈に頼りながら足を動かす時点で身体の反応が遅くなるわけです。コロナ禍まで30年近くプレイしながら、ついにスケートが上達した自覚を持てませんでした。一重に幼少期の氷上経験の乏しさが理由です。運動神経の鈍さも否めないけれど。
感覚ありきの自転車とスケートは子供のうちに。でなければ諦めるしかない。けれど最近は、野球も同じと悟りました。またまたバッティングセンターの話ですが、先日は幼い兄弟がバットをぶんぶん振り回していたんですね。速い球にも果敢に挑戦して、上手く当たらずともめちゃくちゃ楽しそうで。その無邪気さが上達の支えになるんだなあと感心したのです。そばにいたお父さんに向かって、「両替するから千円札もう1枚ちょうだい」とせがむ姿も含めて。
異議ありでしょうが、考えないって素晴らしいです。特にバッティングに混迷中の僕にすれば。

本日のオンボロ。

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