簡略化された名称に

世間を揺るがす大きな出来事を、それが起きた日付で呼ぶ場合があります。
本日2月26日と言えば、1936年(昭和十一年)の「二・二六事件」。日本陸軍の青年将校たちが政府の要人を襲撃し、4名を殺害。ほぼ4日間に渡り、永田町や霞ヶ関の周辺一帯を占拠した軍事クーデターでした。
その4年前の1932年(昭和七年)5月15日、海軍将校の一団が起こしたのが「五・一五事件」。このときは犬養毅首相が暗殺され、警視庁や日本銀行などが襲撃される、これまた軍事クーデターとなりました。
さておき、年号的には「五・一五事件」が先なのに、日付の記憶で言えば「二・二六事件」が頭に浮かぶのはなぜでしょうか。「ニーニーロク」のほうが語呂というか音がよくて、覚えやすいからかもしれません。
では、誰が「五・一五事件」や「二・二六事件」という名称を用いたのか? さくっと調べた程度ではわかりませんでした。おそらく新聞や放送が、後々事件を扱う際につくった呼称なのでしょう。日付だけでも概要がわかるほどの大事件を前提に、全体を記号化する爽快感のようなものをメディアも大衆も享受したのでしょうか。
近年でも似た例はあります。2001年9月11日に発生した、アメリカの同時多発テロは「9.11」。それから、2011年3月11日に起きた東日本大震災は「3.11」。この名称、僕もそれらの出来事に触れる記事を書く際には、別称として用いることが少なくありません。
ですが、あるとき「3.11」で家族を亡くされた方がカメラの前で語っているのを見ました。「そんな呼び方だと、大事なことが忘れ去られそうで怖い」
衝撃を受けました。確かに遺族にすれば、その日を家族の命日にしていいのか、何年経っても決めかねているかもしれない。それだけに、通りのいい名称となることに抵抗を覚えるのは当然だろうと。
そんな思いを知った上で、たぶん僕はこれからも日付名称を使い続けるでしょう。記事によっては、そのほうが伝えるべき内容により集中できるからです。ただし、簡略された名称に様々な思いが宿ることだけは忘れないでいたいです。
すみません。多くの人にとっては関係がない、書き手の矜持みたいなことを長々と話してしまいました。

みゆき通りの街頭に鳳凰。かつて将軍が浜離宮に通う道を御幸と呼んだのが由来。ほお。

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