「それをやる大人たちの意味も理由も、よくわからない」
これは今度の万博に向けた、ある学生の忌憚なき意見です。僕も同感。国民が理解できる高潔かつ普遍的な理念が伝わってこないんですよね。そしてまた、今を生きる人は新しいものに驚けなくなっているところが多分にあると思うのです。だから、将来有望な学生にすら刺さらない。
対して1970年の大阪万博は、少なくとも当時8歳だった僕には未来そのものでした。とは言えかつての少年も、万博をやる意味や理由はよくわからなかったんです。でも、日本が世界に追いつき、ともすれば追い越せる期待というものが、70年代最初の年という切りの良さと相まって大きく膨らんだのです。
そんなことを小学2年生が感じ取るなんて、何か笑っちゃうくらい凄いでしょ。今の学生に話しても、あの気分は共感できないと思います。とにかく、何も知らなかったから何でも新しく見えた、そういう時代でした。そしておそらく、そういう時代は二度と来ないと思います。
さておき、大阪万博に行きたくても行けなかった僕は、諦めに反発するように新聞や雑誌の万博特集を読み漁りました。動く歩道、リニアモーターカー、電気自動車、テレビ電話、携帯電話などなど、後に実現する未来の展示も興味深かったのですが、もっとも関心を寄せたのは各国のパビリオンでした。子供心をくすぐる奇抜なデザインばかりだった。それをひたすら絵に描いたのです。
そして、太陽の塔。岡本太郎という日本人がつくった万博のシンボルを、僕はウルトラマンと同じようなヒーローとして見ていました。パビリオン以上に何度も描いたので、今でも空でなぞれるかもしれません。
やがて祭りは終わり、鮮やかなパビリオン群は消え去りました。驚くほど呆気なかったのは、8歳だった自分の関心も同じです。しかしご存じの通り、太陽の塔だけは居座り続けています。いわば万博の記念品なのだろうけれど、あれから半世紀を過ぎても残るのは、特別な意味があるような気がします。呪術的な存在感があるんですよね。時代の念を封じ込める役目を担っているのかもしれない。
間近にしたら、どんな感慨を抱くのか。そんなことを考え出したのが今年の初め。思い立って行ってみることにしました。
来ちゃった!
