本当に忘れてはいけないこととは何か

よく使う前置きですが、カレンダーを追いかけていると、忘れ得ぬ日付に出会います。中でも今日は特別かもしれません。2011年に起きた、宮城県沖を震源地とする大地震。それを引き金にした大津波と原発事故。つまり、後に命名された東日本大震災。
甚大な被害によって多大な悲しみを背負った方々の中からは、何が起きたか忘れないでほしいと訴える声が挙がります。特に復旧・復興が必要な場所に住まわれているなら、その声音に深刻さが帯びるのは当然です。だからこそ、僕も忘れないでいようとします。
14年前のその日のことははっきり覚えています。揺れを体感したのは、自宅からクルマで2時間足らずの場所。往路で利用した高速道路は通行止めとなり、超渋滞の一般道を使って8時間以上もかかって帰宅したこと。その際、クラッチペダルを踏む左足が痺れ上がり、差し掛かった都内では、映画でも見たことのない、歩道にあふれる大勢の人の群れを目の当たりにしました。
それから数日間は、津波や原発事故のニュース映像に目を奪われ、次第に感情が硬直していきました。計画停電という聞き慣れない言葉が生活に忍び込み、暗くなった街や道路の様子は自分たちの心情を投影しているように思えた。
もっとも衝撃を受けたのは、4月末に取材で入った東北の被災地の現状でした。最初は、山から原発が望める福島県二本松。その足で宮城県名取市へ。そこには、家々から流れ出た生活の名残が道路に散乱したままの、津波被害の爪痕が広がっていました。絶望の景色という他にない、言葉を選ばずに言えば荒野に立ったとき、僕の中から希望という言葉が浮かんだのです。それがどこかにわずかでも残っていないか、あるいは本能的な反射として必死に探そうとしたのかもしれません。
以上のような記憶は、今日が訪れなくても、きっかけがあればすぐによみがえります。けれど、自然災害の報に触れるたび頭を過るのは、本当に忘れてはいけないこととは何か、ということです。少なくともこれまでの僕は、人々が関心を寄せざるを得ないほどの災害で、直接的な被害ないしは悲しみを受けていません。具体的に言えば、大事な人も場所も物も失っていない。そんな幸運な第三者が忘れてはいけないことについて、真摯に向き合うのが、たとえば今日の日付が意味するところだろうと、そんなふうに考えます。

京都市内からクルマで1時間余り北上した山の中は、清らかなまでに冷気が重かった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA