旅は自発的

55年越し(!)の念願を叶えた、太陽の塔を目の当たりにした話を書きたいと思うのですが、やめることにしました。まだ時間が経っておらず、自分の中でうまく消化できていない状況なら、独り善がりの概念を綴るだけになりそうだったから。なので「もしご興味を持たれた方がいたらぜひ足をお運びください」といった、どこにでもあるような一文で一旦締めます。
さておき今回の大阪行きは、久しぶりの旅ができたとよろこんでいます。太陽の塔の内部を見学するためのウェブ予約とかも、何かそれっぽくてよかったです。
旅を定義するのは難儀ですが、僕の中では自発的な移動を旅としています。たとえば今回のように、自身の希望を叶えるためだけに万博記念公園に行くのは、旅以外の何ものでもありません。
対して僕には、取材という形であちこち訪れる移動があります。これは他発的というか外発的なので、旅と呼ぶには不遜すぎます。それに外発は仕事そのものだから、移動に関するコストに身銭を切ることがまずありません。その代わりに責任が発生するので、自由の意味合いを含む旅とは分けるべきだろうと。
とは言え、僕は取材の移動に不自由を感じたりはしません。むしろ、そこに行かなければ得られない材を取ってくる醍醐味に満ちているから、好きと言ってもいい。
そういう外発的な移動に慣れたからか、原稿を書く必要がない、要するに自分のためだけの旅に出ることができなくなりました。金をもらえなきゃどこにも出かけないみたいな、がめつさとはちょっと違った意味で。
そうではなく、初めての場所で見聞きした目新しい記憶を、自分の中だけに留めておくのがもったいないと思ってしまうのです。いわゆる貧乏性的に。けれど世の中には、どこまでも自腹で訪れ、各地の様々な体験を自分のためだけにしっかり消化できる旅好きがたくさんいらっしゃいますよね。僕にはできません。なおかつ、仕事でいろんなところに行かせてもらえたから、今となっては行きたい場所もほぼない。
不幸でしょうか。そんなわけで太陽の塔への旅を果たした今、次はどこに旅すればいいか皆目見当がついていません。旅好きの方にすれば、まるで信じ難い話でしょうが。

太陽の塔の内部の「生命の樹」も鑑賞しました。500円を支払い専用ケースを借りれば、どこも撮影OKになる情報は、予約画面になかった気がするな。

 

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