今週の朝ドラは、コロナ禍に入った様子が描かれました。あれから数年が経ち、いよいよ客観的にとらえられる時期になったんだと思いつつも、当時の状況描写に触れると、すぐさま息苦しさがよみがえります。大した被害を受けなかった僕にしてもそうなので、あの時期に経験した不安は、誰にとっても大きな影響を及ぼしたことを改めて実感した次第です。
話は一転して、ひつまぶし。水曜日の名古屋行きで、取材前の昼食としてご馳走になりました。久しぶりだなあと思ったのです。素敵な名古屋名物そのものだけでなく、コロナ禍以降でこういう接待を受けることも。
けれど実を言えば、事前の会食が苦手です。というのは、できればインタビュイ(聞かれ手)にはインタビュー本番で初めて会いたいんですね。そのほうが取材自体を新鮮に始められるし、会話の流れをつくるのもスムーズになるから。
対してインタビュー前に会ってしまうと、食事をしながらも無言でいるわけにいかず、かと言って何かを聞き始めたらインタビュー口調になりそうで、今この時点で自分は何を話せばいいのか、一人で勝手に戸惑ってしまうのです。そんなうらうらした態度が相手にとって失礼になるんじゃないかと心配になったりもする。
けれど先方にすれば、遠路はるばる訪ねてくれたことに謝意を示したいわけですよね。そんなおもてなしは素直に受けるべき。何と言っても、コロナ禍で中断した様々な習慣の復活はよろこばしい。今もまだそんな気持ちになれるのが自分でも興味深かったです。
インタビュイご推薦のひつまぶしは、お櫃に大きな肝焼きが乗った豪勢なものでした。同行した編集者とフォトグラファーも「こりゃすごい」と大絶賛。先方との会話は彼らに任せて、僕は目の前のご馳走を平らげることに集中しようと思ったら、二人とも黙々と食べるだけ。口を開いたと思ったら、次に名古屋方面の取材があったら、必ずここに立ち寄ろうと当人同士で約束を交わすのみ。感染症に関係なく、意思疎通は難しいものだと悟りました。そして人とのコミュニケーションとも関係なく、久しぶりのひつまぶしは美味でした。

太陽の塔シリーズ、続きます。塔の正面中部に置かれているのが、現在を象徴するという「太陽の顔」。これが人間っぽい造形なのが、この作品の肝なんだろうと。
