気になる一瞬でした。雨は上がったものの、ここ数日の低温が解消する気配が微塵も感じられなかった、ほぼ正午ごろ。彼を見かけたのは、最寄り駅に向かう途中で横切る小さな商業施設の、猫の額ほどの中庭でした。
植え込みの縁みたいな、小休止するのに都合がよさそうな段に腰を掛けていました。中学1年生くらいに見えたのは、学生用らしき黒い服をまとい、離れたところからも線の細さが際立っていたからです。しかし、一人の男子生徒が平日のこの時間にいることが、まず珍しかった。だから、それとなく意識が向かったのです。
僕の観察眼は鋭いので、3メートルほどの距離ですれ違っても、何をしているかはっきりつかめました。弁当を食べているのです。手作りで間違いありません。片手で抱えた弁当箱の縁が銀色に光っていたし、ちらっと確認できた揚げ物が出来合いより食べやすそうなサイズだったから。
その弁当を、背中を丸め、うつろな目で、静かに食べていたのです。あるいは4月第1週には不釣り合いな寒さに凍えながら。
即座に思い出したのは、始まって間もない朝ドラでした。そこでも小学校低学年の男児が、昼の時間に独りで弁当を食べるシーンが出てきたのです。その彼は、父親を亡くした関係で、東京から高知に転向するという複雑な事情を抱えています。それと関係するのか、元々なのか、はたまた両方なのか、かなり内向的なタイプみたいです。
では、近所で見かけた彼はどんな性格で、いかなる事情があるのだろうか。いやいや、事情と呼べるようなものなど皆無かもしれません。僕が知らないだけで、そこで弁当を食べるのが彼の日課かもしれない。けれど、どう見たって生徒ないしは児童が昼食をとるのにふさわしい場所じゃありません。何よりも、弁当をつくってくれた人が望む食事風景ではないだろうと。
そんな姿を気の毒に感じたのは、僕の勝手にすぎません。しかし、日が差さず気温も低い屋外で一人飯をするには、あまりに幼いと思うのは誤った解釈でしょうか。仕事に行く足を止め、黙って温かいお茶でも差し入れてやればよかったのかもと、今も気に病んでいます。

雫たち。
