僕らに残された聖域

年に数回、取材で訪れる都内の某町には、喫煙可能な2階建てのカフェがあります。という書き出しですから、健康増進を尊ぶ時代において、決して褒められない話をすることになります。
さておきまして、そのカフェはタバコが吸えることを入り口に明記してあります。それゆえ喫煙されない方が入店する可能性は低いだろうし、間違って入っても1階は禁煙という配慮がなされています。
もはや街中にはタバコを吸える場所がほとんどありません。飲食店も然り。東海道新幹線の喫煙ルームが廃止になってからも早1年。社会全般で見れば、遅すぎた改善になるのでしょう。なにしろ最近の日本の喫煙率は2割弱ですから、8割の人にとってタバコは意味を成さず、あるいは忌み嫌う存在になっていますから。
だからこそ、その喫煙可能なカフェを見つけたときはうれしかったです。否定されるのを承知で言えば、肩身狭く生きるマイノリティの一縷の望みにも思えた。いや本当に。
さぞや煙が充満していると想像されるかもしれません。しかし、排煙設備が整っているのか、喫煙者には気づけない匂いを除けば、清潔で快適な空間が保たれています。そういう環境が用意できる可能性も、僕には有難かった。
何がうれしいって、美味しいコーヒーを飲みながら一服できるのが懐かしいわけです。かつてタバコとコーヒーは、すこぶる相性にいい大人の嗜好品でした。そういう歴史は、非喫煙者が大多数を占める時代において抹殺されるかもしれません。けれどカフェでゆっくり吸うタバコの美味しさは、僕の体が覚えています。いい時間だなとさえ思うのです。
先日、8名くらいが参加したオンライン取材がありました。約90分のインタビューを終えてからおよそ10分後、直接の担当者から電話。なぜこのタイミングかと問うたら、こう言ったのです。
「一服が終わった頃だと思って」
なんと仕事のできる子だろうと、僕は心から感心しました。この感覚も、多くの方には理解できないものでしょう。いいんです、わかってもらえるとは思いません。ただ、迷惑をかけないようにしますから、僕らに残された聖域には目をつぶっていただけるよう、お願いするだけです。

瑞々しい新芽。ところでこの実は何? イヌビワ?

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