心の中は祝意と謝意に

語呂がいいのか、4月10日は記念日が多いようです。『ヨットの日』とか『四万十の日』とか。ふむふむ。しかしその手の記念日は、特別な縁がない限り、何かで調べないと気付けません。
他方、特に縁はなくても一方的な思い入れのある人の誕生日などは決して忘れません。そんなわけで今日は、さだまさしさんの73歳のバースデイ。年齢まですぐに言えるのは、僕とジャスト10年違いの切りのよさと、いやまぁ長年のファンだからです。
ファンとしての熱量を語ることはしません。そりゃ、気恥ずかしいから。ただ、前にも触れた気がするけれど、端くれながら物書きを生業にできたのは、10代の初めにさださんに出会えたおかげなので、言葉では言い尽くせない恩を感じているのです。
まずは、日本語の素晴らしさを歌詞で教えてくれたこと。そして、LPのライナーノーツに記された曲に関する短い文章がおもしろかったこと。それらに触れ、そんな文章を書くことが仕事になったらいいなと思ったのです。相当に漠然とした思いでした。小説家という職業は知っていたけれど、ライターなんて商売はまるで知らなかったから。なのに、いつの間にか、なんですよね。人生はわからないものです。
これも前に書いた記憶がありますが、10代の頃に感化される音楽家や小説家はおよそ10歳年上、というのが僕の体験的な説です。若造の無鉄砲な反抗心や寄る辺なき不安を理解した上で、希望と現実の在り様を示すことができるのは、10歳くらい年上の言動である、というのがこの説の論拠です。また、10代から10歳上の20代の表現者が、人生の中でもっとも感性が鋭い時期を迎えるのも、様々な例が証明するところでしょう。
奇妙というか不思議に感じるのは、生涯に渡って憧れ10歳年上の関係性が続くことです。そのために欠かせないのは、発信者の発信と、受信者の受信の継続に他なりません。それは職業や趣味を越えて、ともに生きていることが最大の条件になりますよね。
だから何が言いたいかというと、僕が10代の頃から歌い続けているさだまさしという人はもちろん凄いけれど、10代の頃から聞き続けている自分もそれなりに凄いぞってことです。こんな話はバースデイプレゼントにふさわしくないけれど、心の中は祝意と謝意に満ち溢れているのです。

霞んでますね。

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