反射的スマホ検索に対する見解

自分の行動で最近気になっているのが、半ば反射的に行うスマホ検索です。特に、聞いたことはあるけれど意味がつかみ切れていない単語が耳に入ると、この行動を取るわけです。文字を使う仕事なので、職業的な焦りが理由だろうとは思うんですね。でも、好きな行為ではありませんでした。
たとえば飲みの席などで、「あれ何だっけ?」みたいな展開になると、すかさずスマホを取り出して検索する人がいるじゃないですか。若い人に多い傾向ですが、若くない僕は会話から目を切らさずにいてほしいので、それはちょっとなあと、微かに渋い気持ちが沸き上がります。そしてまた、何でもかんでもピンポイントの正解じゃなくていいだろうと思うのです。誰かの素っ頓狂な発言から会話を転がしたほうが、コミュニケーションはより創造的になっていくはずだし。
要するに、瞬時に得られる正解って、あまりおもしろくないんですよね。あるいは正解を得た時間の短さに比例して、あくまで僕の場合は記憶の定着率が下がるのです。検索した瞬間は「そうかそうか」と独り言ちしても、時を置くと「あれ何だっけ?」となって、下手すると同じ言葉を繰り返し検索したりする。スマホは見下すでしょうね。コイツ頭悪いなと。
スマホの向こうには、膨大な知識の種がばらまかれています。それを拾って自分の中に根付かせられるかというと、僕はできないタイプなのでしょう。であれば要領は悪くても、知らなかった言葉の意味を調べたら、一度は手書きするという肉体的な手間をかけなければなりません。人には解読し難い字であっても、自分で書いた文字にはスマホの検索以上の意味が宿る。なんてことを信じられるのは旧世代だけかもしれません。若い人の脳はスマホと直結できるのかな。
以上が反射的スマホ検索に対する自分の見解なので、ある種の悪癖としてすぐにやめればいいだけの話です。なのに、というのが自分でも不明なところですが、理由は検索しないでおきます。人にたずね、温もりに満ちた声で「オマエ頭悪いな」と言われたほうが楽しそうでしょ。

園芸の心意気は足元にも。

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