わかりやすい例はスポーツですが、何かに興味を持つのは、競技より人で間違いない、というのが僕の特性です。
たとえばメジャーリーグ。ここ数年、ノルマを課せられたようにテレビ中継を観ているのは、誠にミーハーながら大谷翔平選手のおかげです。彼を応援したくなるのは、言うまでもなく日本人だから。大谷選手に匹敵する実力と人気を持つプレイヤーにもいたと思いますが、出身国が同じという共通項がなければ、これほどまでにはメジャーリーグに興味が持てなかったはずです。
そうして毎日のように大谷選手を追っかけていれば、自然とチームメイトにも関心が及びます。ドジャースに移籍してからは、ムーキー・ベッツが好きになりました。身体能力はくらべるまでもないけれど、ムーキーはたぶん僕と身長が同じくらいなんですね。そういう些細な事実もまた、人に対する情が深まっていく共通項になります。
他方で興味を失うのは、応援したくなる選手の不在がきっかけになります。毎年のように書いていますが、今日は1994年にレース中の事故で亡くなったアイルトン・セナの命日。遠くから見かけことが何度かあるだけの、共通項などまるでない人でした。しかし彼の死からは、自分でも信じられないほどの喪失感を与えられました。それが、F1に向けた熱が冷める始まり。この競技に関しては、日本での認知度が極めて低かった1970年代くらいからずっと夢中だったのだけど。
それが埋火となっていたのか、新たな共通項が見つかると、我ながら現金と呆れながら再び興味が再燃し始めるのです。事情通が聞いたら「何を今さら」と言われるでしょうが、最近のF1では角田裕毅さんという日本人ドライバーが活躍しているんですね。しかも今季3戦目でトップチームに移籍するというニュースで話題になりました。
角田選手は、2000年生まれの現在24歳。ということは、僕が史上最高と崇めるセナが生きた時代とまったく被っていない世代。感慨深いです。あれから30年で、日本人という共通項を持った人が世界の頂点で戦うなんて。
何にせよ、人によろこび、人に泣くんだな。そんなこんなで、F1を中継するサブスクに入るかどうか迷っている今日この頃です。

孤独な働き者。
