一言でくくれば経年変化だろうけど、自分の好みが変わっていくことに自分で驚いたりします。たとえば映画。昔はアクション物が好きでした。けれどいつ頃からか、いかにフィクションであれ、主人公が生き残る裏では誰かの死亡が避けらない展開が辛くなってしまったのです。
にもかかわらず、Netflixの手軽さに釣られて、シリーズ3作目の『イコライザー THE FINAL』をチョイスしてしまいました。前2作を観た縁もあるのだけど、予想通りしんどかった。同時に発覚したのは、前2作の鑑賞時点では、まだ現在の感覚になっていなかったという事実です。
個人的な感想によって作品の評価を下げるつもりは毛頭ありません。あるいは以前の僕なら、主人公の鮮やかすぎる殺人技法を称賛したかもしれない。ただ、ごく単純に今は違うというだけの話です。
デンゼル・ワシントンが演じるロバート・マッコールは、かつて国の機関に所属した、類な稀な戦闘能力を持つ人物。昼は穏やかそうな風貌のまま過ごすものの、夜になるとタイトル通り調整役として悪人を退治していきます。とにかく殺しまくる。そうした展開、そんなに浅はかじゃないと見る向きはあるでしょうが、やはり勧善懲悪と言ったほうがわかりやすいんですね。
いやいや、実際の日常ではオセロの白黒みたいな善悪の区分けできないだろうと。そしてまた、いくら悪人であっても死をもって排除していいのかと、そんなことを考えてしまうと、痛快なはずの殺人シーンにもやもやしちゃうのです。おそらく今の僕には、もう見なくていいやと拒む場面が増えているのでしょう。そうボヤきつつも、『イコライザー THE FINAL』は最後まで観てしまいましたが。
何もかもわかったつもりなどない。しかし、想定内の悲劇から目を遠ざけたい自分もいる。そんな気付きによって現在心配しているのが、NHKの朝ドラ『あんぱん』のこれからしばらく。いよいよ本格的な戦時下に入ります。それは朝ドラの定番なので、戦後まで触れないでおこうか。それじゃその後を知る上で重大な欠損になるぞとか、物語好きの葛藤に苛まれているところです。経年変化が招くのは矛盾の苦しみなのか。何というか、もやもやが止まらなくて困ります。

ギターではないマーティン。さっそく組み立てます。
