いわゆる客商売には、客側に悟られてはならないルールや習慣があると思うのです。ただ、その中には改善してもいい非合理なものもあるんじゃないかと勘繰った話です。
そんなわけで、僕が住むマンションの大規模改修工事が始まって1カ月。建物の全周に渡って足場が組まれ、その外側には黒いメッシュの幕が張られたおかげで、鬱々する日々が続いております。足場を歩く人の姿が窓越しに見えるのも落ち着きません。
一方で、足場を歩く作業員の方々はどんな気分で働いておられるのでしょうか。おそらく慣れていらっしゃるので、もはや気分がざわつくことはないのだろうけど、できれば住人と目を合わせず作業ができたら気が楽なんでしょうね。
僕は自宅仕事が主なので、わりとよく作業員と遭遇します。その場合の彼らは、目線を部屋から完全に外しています。そしてこちらに気づいたら、すかさず小さめの声で挨拶を発する。その徹底ぶりは小気味いいほど。なので、工事は気乗りしないままだけど、作業員に罪はないよなと、そんな感想を抱くことになるのです。
他方、数日前にはこんなことがありました。買い物帰りの1階のエレベーターホール。先にいたのはおじいさんの作業員。到着したエレベーターを共に利用すると思ったら、僕だけ乗るよう仕草で示したのです。いっしょにと言うと、聞き取れるぎりぎりの小声で、「怒られますから」と返されました。
そういうものなのか。でも、ちょっと違うんじゃないか? 大きな道具を担いでいたならまだしも、一人の小柄な作業員となら問題なく乗れるし、何よりも、エレベーターは老人のためにあると言って間違いないじゃないですか。なぜか釈然としなくて、半ば強引におじいさんを先に乗せてしまいました。そのエレベーターホールのやり取りも、結果的に作業員の大事な時間を浪費したんじゃないかと思います。
今時はほんの些細なことでも摩擦が生じるから、サービスを提供する側は酷く慎重な態度に終始するのかもしれません。けれどそれも行き過ぎると、非合理が勝る。仮に僕が怒られても、おじいさんとのエレベーター同乗は断らないな。それで1日も早く足場と黒メッシュが撤去されるなら、これほど合理的な判断はないはずだし。

この高さの足場を歩くって、やっぱり危険なお仕事だよな。
