一人○役

スルーが無理なので大谷翔平選手の話をしますけれど、またしてもクレイジーな夢が実現したとしか言いようがありません。手術した右腕が回復したら再び投げるのが既定路線だったとしても、いざ登板と聞けば「マジで?」って驚きますから。
いろんな見方、感じ方がありますけれど、大谷選手の投手復活は多くを動かしますね。本番の試合で投げると言っても、まだテスト中。だから球数も極めて少なく制限されている。となると、チームは大谷選手の次に投げる投手の用意を含めた、通常とは異なるゲームプランを考えなければならないはず。相手チームもざわつきますよね。俺たち相手の試合でテストするなんて、いい度胸してるじゃねえかと。次回の(テスト)登板で当たるチームも妙な緊張感を強いられるかもしれない。
あと、昨日の試合をBSで放送する予定だったNHKも、急きょ地上波に変更したんですよね。直前で気づいたからよかったけれど、知らないままだったら録画し損ねるところだった。とにかくそんな形で、一人の選手の行動が多方面に確実な影響を及ぼすのは、悪夢ぎりぎりのクレイジーな夢に他なりません。
そこで無理くり現実を呼び戻してみると、特別感が高い二刀流を一人○役に言い換えてみれば、一般社会ではそこら中で実現していることに気づかされます。区分は曖昧気味ですが、たとえば僕は賃金を得る労働者であり、同時にあれこれ消費しながら暮らす生活者でもあります。子供がいれば養育者の側面も加わるので、一人三役をこなしている方もたくさんいらっしゃいます。
そうした、生きていくために受け入れざるを得ない役目もまた、相応にプロフェッショナルの理念が必要なので、いい感じの適当はあっても、根本的な手抜きは許されないと思うんですね。特に養育者は、自分以外を生かしていかなければならない手間や苦労が絶えないのではないでしょうか。
何が言いたいかというと、大谷選手は確かに凄いけれど、ごく普通の暮らしの中にもいる二刀流や三刀流の人々の働きぶりにも、絶大な敬意を払わなければいけないということです。それは夢などではなく、現実のことなので。いやまあ、大谷選手もリアルな存在ではあるのだけど。

今週に入ってからの、特に西日の強さに容赦のなさを感じます。

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