これも時事に当たりますが、僕はギャンブルの類にまったく血が騒ぎません。競馬の馬券を買ったのは生涯一度だけ。競輪や競艇は未経験。パチンコに行ったのも数回のみで、パチスロには触ったこともない。もちろん、昨今話題のオンライン系も。
理由はシンプルです。まずは意気地なしでケチ。なおかつ本質的に陰の性格だから、負ける気しかせず、つまりは賭け事の才能がないことを誰より自分がよくわかっているから。
この話題を持ち出して思い出したのだけど、19歳くらいのとき、家から一番近い繁華街のパチンコ屋に一人で向かって、持ち合わせなどない年齢だから、たぶん3千円くらいしか使わなかったと思うんですよね。なのに何となく勝って、悪いことに手を染めるような気分で換金を申し込んだわけです。
そうして手渡されたのが、タバコのパイプ数箱。それをまた隠し持って、近所のデパートの屋上で開けてみた。パイプの箱の奥に現金が忍ばせてあると思ったから。ところが、硬いプラスキックの箱をぶち破っても、何も出てこない……。
まるで見当違いでした。その箱をパチンコ屋とは別の交換所に持っていかなければならなかった。そうなのかと気づいたのは、すべての箱をつぶしたあと。そういうのは仕組みを知ればいいだけの話だけど、それ以上何かを知りたい気分にならなかったし、何より自分の間抜けさは賭け事の食い物になると深く理解したのでした。
その後の僕がギャンブル方面に興味を示さなかったのは、元来の性格だけではなく、このときのフィジカルな経験があったからでしょう。やはり物理的な事象による打撃は、様々な痛みとともに強く記憶に刻まれます。
だからこそ、現金の重さを感じないアン・フィジカルなオンライン系には余計に憶病になります。いい話には裏があると言うけれど、胴元が手軽さを謳うだけでうさん臭く感じてしまう。いやまぁ、臆病でいる限り大怪我はしないだろうけれど、一攫千金に巡り合うこともない。それを残念に思っても、できないことで粋がるのはカッコ悪いとも思うんですよね。それに、賭け事とは異なる日々の勝負事だけで、実に経済的に僕の血は騒いでくれるし。

空梅雨に紫陽花がしんどそうで、忍びない。
