映画シリーズの第1作が1969年8月27日に公開されたことにちなみ、本日は『男はつらいよの日/寅さんの日』に定められているそうな。さて、この事実から何を悟ればいいんだろう。
世代的には『男はつらいよ』も、その主人公の『寅さん』も知っています。けれど、全50作あるというシリーズの中でまともに観たのは3本あるかどうか。それでもかろうじて知っていると言えるのは、『寅さん』のキャラクターと物語の展開が普遍(不変)的だからなのでしょう。
設定自体が極めて時代的です。『寅さん』の職業は、フーテンの的屋。今の子供には何のことやらわからないでしょうね。フーテンは、旅人と言えばカッコいいけれど、要は不定住者。漢字に直すと、やまいだれが続く瘋癲になるので、精神疾患の意味合いもあります。
的屋は、縁日や繁華街など人の集まる場所で行う露天商。達者な口上で商売するので、ちょっといかがわしさも漂う。で『寅さん』は、的屋を営める場所を探しながら、フーテンそのままに全国を歩き回り、方々で訳ありそうな美人に惚れてはフラれるを延々繰り返すわけです。
つまり『寅さん』は、自由人というより非社会人のアウトサイダーなんですよね。ただし、その実態の暗い面にはさして触れられず、おっちょこちょいだけど朗らかなに生きる大人として描かれた。だからこそ、生真面目な人々が時に求める、非日常的な理想を叶えるイコンになれたんじゃないでしょうか。そこは僕も憧れます。特に甥や姪に対しては、何をやっているかよくわからないけれど、何かちゃんと生きている『寅さん』的存在と思われたいですから。
翻って令和以降の映画に、『寅さん』のような明るいアウトサイダーは登場するのでしょうか。単発なら可能かもしれません。しかし、一定の人気を博するシリーズ化となると、はまり役たる演者が現れるかどうかも難しそうです。何よりも、時代が必要とするか否か。そこが最大の鍵でしょう。
って、僕はどんな目線で『寅さん』を語っているんだ? いやまぁ、『寅さん』には子供の頃ではわからなかった魅力が詰まっている気がするというか、生きるのが下手な人にも光が当たるような世の中だったらいいなとか、取り留めもないことを思ったりするだけなんですけれどね。

寺の墓地の向こうにクレーン。何の対比を思って撮ったんだ?
