1日遅れですが、9月1日は1923年に起きた関東大震災を教訓とする『防災の日』でした。その震災、僕が子供の頃だから50年近く経った後でも、とんでもなく恐ろしい出来事として語り継がれていました。
発生時刻は午前11時58分。昼飯の支度で火を使っていたとされる時間帯だったので、東京や横浜の住宅密集地で大規模火災が発生。それゆえ地震で怖いのは、家屋の倒壊と火事と教えられました。今でも大きな揺れを感じると、低く身構え天井を注視するとともに、火の始末に意識を向けるという、子供時代の防災訓練の成果が現れます。最近では、そこに津波からの避難も加わっているのでしょう。
関東大震災でもうひとつ怖いのは、流言飛語の威力です。地震が起きた当日の午後には、こんな噂が街を駆け巡ったらしいんですね。「騒ぎに乗じた朝鮮人が井戸に毒を流している」「朝鮮人が暴動を起こしながら迫ってくる」
すべてデマ。しかし一部の新聞は、それを鵜呑みにして報じた。このときはまだラジオ放送が始まっていなかったので、民衆が得られる情報は新聞のみ。しかしおそらく、少なくとも被災者たちは逃げるのに必死で、新聞すらまともに目を通せなかったはず。にもかかわらず恐怖心を煽る情報は、人々の口伝いで一気に広まった。
そうして民間人で結成された自警団を中心に、102年前の今日あたりから朝鮮人の殺害が始まります。間違われた中国人や、問い質しに上手く応じられなかった日本人も同様の被害を受けたそうです。
その誤った行為による公式の朝鮮人死者数は約230名。しかし事件自体の隠蔽がかなりあったらしく、実際は数千人が亡くなったという説もあります。それをジェノサイドと呼ぶかどうか、この国はいまだ明確な結論を出していません。けれど数がどうあれ、今日的に言えばフェイクニュースによって民族を対象にした殺人が日本で起きたことを、僕らは覚えておかなければならないでしょう。
改めて戸惑うのは、人は不安や怒りに駆られると、スマホがあろうとなかろうと、虚言に飲まれる性を有している事実です。それもまた、現代に生きる僕らが教訓とすべきことだと思います。

クレーンを見かけるたび撮るのは、性というより、ただの癖ですね。
