一昨日は80字以内で流したけれど、木曜日の午後に僕の町を襲った強烈な雷雨は、かなりの被害を残したみたいです。自分自身で確認したのは、コインランドリーで乾燥機を利用中に向かったスーパーマーケット。短時間の大雨で浸水したようで、なおかつ店内の電気も消えていたという、なかなかの事態でした。けれど、当日だけだろうと思っていたのです。
翌日、というのは昨日ですが、同じスーパーに行きました。そこで扱っている好みの緑茶が前日に買えなかったから。そうしたら、なんと臨時休業。店内もまだ暗いまま。周囲の路面店も、床上浸水の後片付けに追われていたようでした。
件のスーパーも、周囲の路面店も、駅の近くの商業地域に属しています。そのあたりは付近でも低地に当たるので、大量の雨が降り注げば、水が一気に流れ込むのが避け難い地形なんですね。それを皆が忘れていたかどうかはわからないけれど、揺るぎ難い事実として思い出させたのがあの雷雨ということになるのでしょう。
あと、気象関連の方々は、ゲリラ雷雨という表現がお気に召していないらしいですね。確かに近年の気候は突発的かつ暴力的な側面を持ちながら、彼らが提供している雨雲レーダーなどの情報を活用すれば、本物のゲリラよりよっぽど扱いやすいのに残念、といった感じみたいです。
浸水に話を戻しますが、昨今の被害は町の排水機能想定を超えているのが原因と言われます。しかし、どうしたらいいんだろう。費用と時間をかけて再設計するか。いっそのこと別の町に逃げるか。あるいは、今のところ年に数回の災害を黙って受け入れるか。
ふと思ったのは、「人間は?」でした。どうしようもない悲しみに襲われたら、やはり耐えきれずに洪水などを起こすかもしれない。それを糧にして悲しみに応じる術を覚えたとしても、悲しい出来事はまた起こる。そこで踏ん張って再設計するか、地の果てまで逃げるか、同じ場所で受け入れるか。ふむ。痛みを知る人は優しいとおだてられても、限界はありますよね。
何の話だっけ? そう、短時間記録的大雨の場合なら、最悪の悲しみを負わないために、ひとまず逃げるのが最適に違いありません。無事でいれば、きっとどうにかなるだろうから。

町のどこからでも見えるクレーン。夜になるとライトアップするとは。
