やっぱりSNS関連は、誰かが裏で糸を引いていると疑うくらい、一回だけ何気なく見た猫の動画を繰り返し送りつけてきます。それで洗脳されたのか、猫が気になって仕方なくなりました。
ざっくり犬派と猫派で分けたら、僕はずっと犬派のつもりでいたのです。犬は、見知らぬ人が連れていても、それとなく愛想を振りまいてくれるじゃないですか。あるいは友人の家の犬なら、飼い主の信頼に紐づくのか、一気になついてくれたりする。それがうれしくて、いつかもし動物と暮らせる環境にめぐり会えたら、そりゃやっぱり犬を選んで、我が相棒にしたいと思ってきました。
対して猫は、飼っている知り合いが少なく、あるいは街中で見かけても接近を許さないので、個人的に縁遠い存在でした。そしてまた、噂でよく耳にするのは、気まぐれだということ。それが猫の本質的な気性らしいので、人と猫がかまい合いたいタイミングがずれる可笑しさもSNSは伝えてきます。
他方、僕が罠にはまったのは、猫が飼い主に寄り添って甘える動画です。発信する側の自慢なんでしょうね。ウチの子はこんなに可愛いのよと言いたげなのが、ありありと感じ取れるから。
そういうあざとさは苦手なのに、僕には衝撃映像に見えてしまう。自分勝手ゆえ簡単に仲良くなれないと思っていた猫がまさかそんなと。しかし、個体差というか性格もあるだろうし、動画は愛くるしい瞬間をとらえた可能性が否めないから、猫は根本的に犬ほどにはなつかないという確信は揺らいでいません。
にもかかわらず最近は、猫にも興味が出てきた。それは必ずしもSNSの影響だけではない気がしています。以心伝心の相棒もいいけれど、時には悪意がないまま素っ気ない態度を取るような相方もおもしろいと思えるようになったからかもしれません。何でも手なずけようとする思い上がりが若気の至り。手なずけられないと諦めたところから未知の関係性を見出すのが大人の余裕。だとしたら、まぁ僕もそれなりに成長しているのでしょう。でも、親愛の情はわかりやすいほうが助かりますよね。
犬を相棒。猫を相方と区別することに異論がある方は多いと思います。いずれにしても、どちらとも密に過ごしたい憧れが強い者の夢想と受け流してください。

長らく空き地だった場所に白く大きな壁。縁もないのに湧く虚無感。
