潮時は自分じゃ確かめにくいと痛感した件です。まぁ、エアコンの話ですが。
日曜の晩、ある用事があって自転車で出かけました。帰路には雨に降られそうな予感があったにもかかわらず。これが潮目を見誤った最初のポイント。動物的勘のようなものが冴えているわけではないけれど、経験を踏まえた予感を信じるべきでした。
雲海という言葉があるのは、きっと空にも潮に似た流れがあるからなのでしょう。やはり雨は降ってきました。海路を見誤った水夫を嘲笑うように。そのときの服装は、先月までと同じ半袖短パン。夜はだいぶ涼しくなってきたものの、自転車を漕げば多少汗ばみそうな気温だったので、これは仕方ない。それでもサンダルではなくスニーカーを履いたのは、季節へのささやかな敬意でした。
とにかく家路を急ぐ他になし。しかし2分もせずに全身びしょ濡れ。それでも平地を進んでいるうちはまだよかった。
いつもなら勾配に任せて一気に下る長い坂道に来たら、激しい悪寒に襲われました。速度が増した分だけ体に当たる風が強くなって、濡れ切った体を一瞬で冷やしたのでしょう。いやもう、音が聞こえるほどのぶるぶるガタガタ。せいぜい15分程度の帰路ながら、地獄のような責め苦でした。
震えながら逃げ帰った我が家で全身を拭き、濡れた服を脱ぎ捨てた後、僕はようやく潮時を知ったのです。それは、5月末あたりから連続運転を強いてきた冷房の終焉。
実のところ、先週あたりからタイミングを見計らっていました。外気温が冷房の設定温度を下回るより兆しを感じ取っていたから。なのに酷暑の名残に怯えたまま、自分の感覚を受け入れようとしなかった。ゆえに日曜の夜の雨は、僕に与えられた罰。罰を受けないと罪の意識が持てないなんて、これもまた敗北の印です。
そうして昨日は1日中エアコンなし。少なくとも僕の夏はついに終わりました。秋分の日を迎えるに当たり、こんなに素敵な潮時はありません。ちなみに潮時は、いわゆるただの境目。終わりの意味合いで用いられがちですが、潮自体が行ったり来たりなので、本来は何かが始まるときに使ってもいいそうな。つまりは、夏の終わり、秋の始まり。きっとよくなっていきます。

久しぶりのコカ。そのときは、なぜか飲み切れる気がしました。
