カザルスと白鳥と、意気地なしのセロ弾き

今日が1973年に亡くなったパブロ・カザルスの命日と知り、胸がチクチクしました。1876年にスペインのカタルーニャ地方で生まれ、90歳を超えても精力的に活動した、チェロの神様を称される人です。
単なる練習曲と見なされていた――今となっては誰もが一度は耳にしたことがあるバッハの『無伴奏チェロ組曲』の価値を再発見し、この曲を世に知らしめたこと。1936年に起きたスペイン内戦に心を痛めて平和活動に貢献。94歳のとき、カタルーニャ民謡の『鳥の歌』をニューヨークの国連本部で演奏し、国連平和賞を受賞したこと。
それ以上に、と言えば語弊がありますが、カザルスによるチェロの近代的奏法の確立が、彼をチェロの神様と呼ぶ所以です。この件は後で話します。
クラシックが似合わない性質なのに、それでもカザルスを知ることになったのは、さだまさしさんのおかげでした。
1977年に発表された『セロ弾きのゴーシュ』。この歌にさださんは、いくつかの仕掛けを施しました。ひとつは、宮沢賢治の小説のタイトルを引用したこと。それから、イントロやサビで、チェロ曲として有名なサン=サーンスの『白鳥』を展開したこと。それらはすべてオマージュ。その歌詞に、たった一度だけカザルスの名前が登場するのです。
15歳くらいで聴いた曲の影響はとんでもないですね。すでにギターには触れていたけれど、チェロという楽器に興味を持ったのはそれが最初で、いつか弾いてみたいと思うわけです。そうして今から10年程前、仕事の企画にかこつけてチェロを購入。さっそく取り掛かったのが『白鳥』でした。
さて、近代的奏法確立の件。4歳でピアノを始め、6歳で作曲したカザルスがチェロを手にしたのは11歳。その当時のチェロは、両腕を両脇に添える演奏スタイルが基本でした。しかし、腕を固定する姿に違和感を覚えたカザルスは、十数年かけ、右手で持つ弓を思い通りに動かせる奏法を編み出していきます。これが近代的とされ、もし彼がこの奏法を確立できなかったら、その後にチェロ無伴奏作品が生まれなかったとまで言われているらしい。ただしカザルス本人は、あくまで演奏の自由度を高めたかっただけで、チェロ革命を起こす気などなかったと語ったそうな。
僕の心がギュッとなるのは、音楽に真摯に向き合い続けた姿を知るその逸話。そして僕の胸がチクチクするのは、チェロに挫折したままでいるせい。いくら神様であっても、そんな意気地なしにまで気を遣われることはないでしょう。でも、命日に触れ、「再び弓を持て」と諭されたような、勘違いみたいな思いがわずかに膨らんでいます。

上野東照宮。16時半クローズドで参拝できなかったのは、外国人観光客も同じだったみたい。

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