日付からネタをいただくと、「今日は書くことがなかったな」と推測される方がいるようです。毎日読んでくれてありがとうございます。確かに、そういう日もある。というより、けっこう多い。でも、知らなかったことに触れるきっかけになったり、過去のトピックを現在の自分がどう感じるかを探る上で、日付に焦点を当てるのはかなり有意義だったりするのです。それに1年365日の中には、どうしたって心が揺らいでしまう日付もありますから。ふむ、言い訳にしか聞こえないかな。
1980年の12月8日はジョン・レノンが射殺された日。この件は、2021年の今日のここで書きました。「会ったこともない人の訃報を知ってあんなに驚いたのは人生で初めて」という理由のもとに。訃報を目にした状況についても、以下のように記しています。
「当時の僕は高校3年生。授業後に通っていた教習所の帰り、たぶん午後8時くらい。乗り換えの駅に到着したガラガラの始発電車の中で、床に落ちていた号外の新聞紙が目に入りました」
これを書いてから4年が経っても、あるいは18歳のあの日からまた少し遠ざかっても、その瞬間はまざまざとよみがえります。それはやはり、状況が記憶の定着を強めたからでしょう。有名な外国人ゆえ会ったことがなかったのは当然として、それほどの人物の最期を、床に落ちてくしゃっとしていた新聞紙で知ったのがあまりに衝撃的だった。そんな粗末な扱いが実在する事実は、免許取得だけを望んでいた呑気な高校3年生には受け入れ難かったんじゃないでしょうか。
記憶に尾ひれがつくのは避け難いことながら、ちょっと大げさに言えば、この世界の酷い部分を目の当たりさせられたんだと思います。それゆえ12月8日には、ある種のトラウマが刻まれているのかもしれません。
胸の奥の古傷が疼く日や、楽しい気分を思い出せる日は、世間一般の行事カレンダーとは別に、それぞれの記憶の中にあるはずです。その日が今年もやってくれば、どうしようもなく心が揺らぐ。その止めようがない揺らぎは、毎日何かを書く上で放っておけないものになる。だからと言って毎年書かれても、それこそネタなしを呆れさせてしまうので、来年はジョン・レノンの件に触れないようにします。約束はできないけれど。

三日月って、撮るとエッジが甘くなるんだよな。
