自分じゃ口にできない略語

略語は次々に生まれます。特に新しく入ってきた長めの外国語は、瞬く間に略されがち。それは、すべてを発音する面倒臭さを解消するだけでなく、うまいこと縮めると日常会話に取り入れやすいからではないでしょうか、すっかり定着した例はコンビニ。セクハラなどもそうですね。
そうした傾向に対して意固地な物書きは、可能な限りフルネームで綴るのが適切ではないかと、無駄な抵抗を試みたりします。でも、コンビニをコンビニエンスストアと書くと、文字数の増加以前に、もはや別物のような感じがして、こりゃ無理だと早々に諦めます。なので略語に関しては、自分なりの市場調査を踏まえた上で、使用の有無を判断しています。
言葉を略すのは、効率化だけが目的ではないらしい。あえて短くするのは、狭いグループにだけ通じる隠語にして優越感に浸るとか、そういう感情も影響するそうな。その流れに沿えば、若者世代が略語の発信源になる理由もわかる気がします。
「元々の言葉がそんなに長くないのになぜ短くするんだ?」と疑問に思うのは大人たち。けれど実のところ、若者たちは単語の長さに関係なく、自分たちなりの音やリズムを生かした省略づくりを楽しんでいるんじゃないでしょうか。
僕はそれ、おもしろい現象として眺めています。なぜなら、言葉は生き物で、時代によって変化していくものだから。願わくば、省略される前の原語を知った上で使ってくれたら賢いと思うけれど、賢さも時代の物差しがあるのかもしれません。
などと年齢にふさわしい冷静な言動を心掛けるわけですが、自分の範疇を略語に侵略さると、途端に慌てます。ここを読んでくれている若者が、何だかうれしそうに略していました。トナタイだって。
う~ん、ですね。4音節程度に短くなるのが日本語の略語傾向らしいので、トナオタイムズがそうなるのは理屈に合っているのかもしれない。あるいは略することで、生身の自分自身から分離したひとつのモノになっているなら、それはそれで興味深い状態と言えなくもない。しかし「トナタイ、読んでます」と言われても、僕には別物みたいに響くんですよね。この先も、たぶん自分じゃ口にできない略語だと思います。

垂れ込めた遠くの山頂には雪を降らせているかもと思わせる、これが冬色の空。

 

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