12月も半ばとなり、テレビドラマが続々と最終回を迎えておりますが、ついに終わるのかという感慨を抱いたのは、1年間観続けたNHKの大河です。
「江戸のメディア王」という今時っぽい触れ込みで始まった『べらぼう?蔦重栄華乃夢噺?』。今回の大河ドラマでもっとも興味深かったのは、自分との距離感を考えさせられたところでした。
主人公の蔦屋重三郎は、色里の吉原で生まれ育ち、耕書堂という本屋を立ち上げて、数多くの印刷物を世に送り出した出版人。「書をもって世を耕す」という意味を持つ屋号は、劇中では平賀源内に授かったことになっていますが、これは幾多の困難と向き合った蔦重にとって、今で言うところのパーパス(存在意義)になったのでしょう。
それから、東洲斎写楽。この稀代の絵師にはいくつかの正体説があるようです。これまた劇中では、蔦重が集めた複数名による“チーム写楽案”が採用されていました。そこで、もし僕が当時の江戸で物書きをやっていたとして、蔦重に声をかけてもらえただろうか、とか、そんなことも夢想してしまいました。ちょっと無理っぽいと諦めたのは、我ながら残念でしたが。
けれどもっとも響いたのは、印刷物をつくるのはめちゃくちゃおもしろいという、自分の経験をもとにした共感でした。
印刷物は大量複製が可能なので、多くの読者に行き渡る分だけ大量の紙屑になる怖さを含んでいます。しかしつくり手は、相応のコストを要した商品をゴミにするつもりなどなく、だからこそ企画に始まり内容の吟味、執筆者や印刷所の選定、販売戦略に至るまで、徹底的に考えて出版のゴーサインを出す。つまり印刷物は、形になるまでに高いハードルがあり、それを超えて世に出ることに大きな意味があった……。
って、興奮気味に喋ってますね。蔦重が生きたのは、1750年から1797年。それから200年余り経った社会に僕は暮らしているけれど、耕書堂と同じような出版活動は、実はついこの間まで頻繁に行われていたのです。僕もその渦中にいたので、妙に懐かしくなったんでしょうね。もしまたできれば、なんて淡い憧れを抱けたのが、僕にとって今年の大河のお土産になったみたいです。

一方で朝日は、季節に関係なく活力を感じさせてくれるものですね。
