ちやほや

「ちやほや」という言葉、オノマトペの類かと思ったら、それなりの語源があるようです。
平安時代に詠まれた和歌に記された「花や蝶や」。世間の浮かれ気分を表したこの文節が、江戸時代になると「蝶や花や」に入れ替わり、これがいつしか「ちやほや」に……。
他には、でたらめを意味する「ちゃら」に、うれしそうな笑みを表した「ほやほや」が組み合わさり、「ちゃらほや」が「ちやほや」なったとか。調べるといろんな説が出てきます。けれどそれらは、この言葉を口にした人にはどうでもいいことに違いありません。
またしても近所の飲み屋話。初めて会った女性は、この町に越してきてまだ1カ月。一人でも入れるカジュアルな飲み屋を探し始め、僕がよく行く店の扉を開けたそうな。
いやいや、こっちから声をかけたわけじゃありませんよ。初来店の客を気遣う店主との会話に、たとえば「生粋の日本人なのに、日本語が下手すぎるんです」というような、理由を聞かずにおけない情報が次々飛び出して、気づいたときには店主もろとも巻き込まれていた、という流れです。
「もう28歳になっちゃったんです」
わりとよく耳にする「もう」に込められた理由が、なかなかでした。
「ちやほやされてないのに、この歳なんですよ」
直接的な説明ではなく、予想外のワードから切り出すあたり、実は只者じゃないのかな。
「新卒入社後すぐにコロナ禍になって、社会人になりたての子たちが受けそうな持て囃しがないまま、いつしか中堅社員になってしまったんです」
つまり彼女は、自身が期待した「ちやほや」がコロナ禍によって奪われたことを嘆いているわけです。
これは笑えませんでした。入学や入社のタイミングでコミュニケーションの断絶を強いられた世代の痛みは、入学や入社を大昔に終えた大人たちには理解できないものだろうから。
そうして勝手に気の毒に思っている僕をよそに、彼女は言葉を続けました。語るべきひとつのストーリーを中断したくなかったのかもしれません。
「だからこの町で新たな出会いがあればと、お店情報をさぐっているところなんです」
店主と僕が知るナイスな飲み屋情報をすべて伝えました。どこかで再会したとき、誰かが彼女をちやほやしてくれていると、この町の住人として安堵するでしょう。どなたか、よろしくお願いします。

雲の掃き残しみたいな空。

 

 

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