日曜日は野球の練習終わりで、全日本アイスホッケー選手権大会の中継を観ました。我がアイスホッケーチームは、コロナ渦中の2020年いっぱいで解散。それから一度もスケートシューズを履いていないけれど、興味が失われていなかったことが、何かうれしかったです。
30年近く毎週リンクに通っていたので、当然のことながらいろんな思い出があります。もっとも記憶が濃いのは、やっぱり超初期でしょうか。同時に始めたメンバーのほとんどが、スケート経験ほぼ皆無。後々イヤになるほど思い知らされるのだけど、スケートのような非日常的かつ感覚重視の運動は、頭も体も柔らかい子供のうちに身につけないと体の芯に馴染みません。
これも後に気づいた残念ポイントですが、指導者がよければもう少し違ったんじゃないでしょうか。僕らをホッケーに誘ったのは、当時勤めていた編集プロダクションの社長。北海道出身で幼少期からホッケーをやっていたので、リンクに上がると別人みたいにカッコよく見えたわけです。けれど、すべてを感覚で覚えたので、まるで滑れない者への教え方を知らなかった。止まり方にしても、「ガーッと行って、キュッとやればいい」だったもんな。
その意味がよくわからなかったから、最初の頃は一般滑走時間のリンクに通い詰め、上手な人の足さばきをひたすら観察していました。気づいたら5時間くらいリンクにいたりして、なかなかに情熱的でしたね。
そんなこんなでチームが活発になっていくと、新たなビギナーも増えていきます。おっかなびっくりの彼らを見て思ったのは、「この先、上手くなるしかないっていいよな」でした。
ホッケー以後に熱を入れた野球チームにも、初心者級のメンバーが入ってきます。僕は基礎を知らないので、適切な指導は部活経験者に任せる他にないのだけど、毎回練習に来てくれる姿を見ると、やはり「上手くなるしかないっていい」と憧れのような気持ちを抱きます。おそらく大人のクラブ活動は、技量以前に上達したい意欲の共有が継続の鍵になるのかもしれません。
なんてことを考えながら、久しぶりにホッケーを観ていました。終わったものへの郷愁ではなく、またやってみたいという意欲が湧くあたり、常に空回り気味の情熱はまだ絶えていないんでしょうね。今も滑れるか、まるで自信はないけれど。

「これは!」と思うでもなく、見上げたビルを撮ることがあります。日比谷だったかなあ。
