元日のポストに入っていた年賀状は、全部で4通。そのうち3通は、PRに属する業務的なもの。そうだよね、とつぶやきました。
こちらからお出ししなくなって数年。それは要するに、年賀状による新年のご挨拶を辞めるという、無言のメッセージでもあったわけです。そんな一方的な無礼をまかり通したのは、手軽なSNS等が主流になっていくと謳った時流でした。
これは言い訳だな。僕は結局、新たに加わった選択肢から、便利ゆえ多数になっていくほうに乗っかっただけ。なおかつ、郵便という手間をかけることが礼儀だった新年の挨拶文化から降りる口実に時流を利用しただけ。そこに罪深さを感じるのは、人生の中でSNSの利用時間が短い世代だけかもしれませんが。
なので僕には、4通しかポストに届いていなかった現状を嘆く権利がありません。すべては自業自得。その居たたまれなさを微かに救ってくれたのが、4通中の1通でした。
高校時代の友人の弟夫婦。その友人の家にはよく泊まりに行って、4歳くらい年下だった弟ともよく遊びました。それを縁に感じてくれたのか、彼の結婚式にも招待されたのです。それだって30年以上前。何より弟なので、ずいぶん会っていない彼のイメージは中学生でほぼ止まったまま。だからこそ、「今年は夫婦二人で還暦を迎えます」と記された一文に狼狽しました。
こういうのは年長者の身勝手な感想に過ぎませんね。自分が64歳になるなら、あの弟だって60歳になるのは道理ですから。
さておき年賀状は、それだけでつながっている人の今を知る大事なツールだったこと、改めて思い知った次第です。年に一度であれ大事な情報交換をSNSに置き換えればいいのだけど、年賀状の人たちの大半は、ネットワーク上の宛先を知らないまま。ふむ……。
この一通に関しては、年賀状の時期が終わった頃に葉書を送ろうかと。これまた勝手ながら、還暦のお祝いを伝えられる機会を残してくれたように思えたから。

穏やかな三が日を象徴するような夕暮れ。しかし10分後に訪れた渋谷は祭りのような騒ぎだった。
