ガリレオとマリウスの今日明日

16世紀から17世紀のイタリアに生きたガリレオ・ガリレイ。彼のトピックで有名なのは、1世紀ほど前にコペルニクスが提唱した地動説の徹底的な支持と、それによるローマ教皇庁からの有罪判決でしょう。キリスト教が絶対とする天動説に異論を唱えると、裁判で終身刑が言い渡される時代でした。「それでも地球は回っている」というのも、ガリレオの言葉として知られています。
ガリレオが地動説の確定的な証拠を発見したのは、自作の望遠鏡でのぞいた木星。そこに4つの衛星を確認し、地球を中心にして回らない星の存在を知ります。その、後にガリレオ衛星と呼ばれる星々を見つけたのが、今から416年前の1610年1月7日でした。
ところが、「オレのほうが先に見つけた!」と異議を唱える人物が出現。それがドイツの天文学者、シモン・マリウス。彼も望遠鏡で衛星を発見していたものの、暦の違いで明暗が分かれました。
ガリレオが1610年1月7日とした際の暦は、1582年10月15日に切り替わったグレゴリオ暦。1年を365日とする、僕らが今も活用しているものです。一方でマリウスが使っていたのは、グレゴリオ暦の前のユリウス暦。それをグレゴリオ暦に当てはめると、マリウスが主張した日付は1610年1月8日になったそうな。
たった1日なんて、どうでもいいじゃん。ってことにはならないんでしょうね。でも、ガリレオの判決が間違っていたとローマ教皇庁が認めたのは、わりと最近の1992年です。350年以上もかかって無罪になったなんて、あまりに気の長い話という他にありません。
他方で、マリウスはどうだったんだろう。自分の名前が衛星につかなかったのはさぞや悔しかったはず。しかし、衛星の発見で地動説に傾いた形跡はないらしい。あるいは、ガリレオがローマ教皇庁から最初に厳重注意を受けた1616年には存命中だったから、我関せずを決め込んだのかもしれない。ここらあたりは不明です。
もうひとつ日付で興味深いのはガリレオの命日。これが、1642年の1月8日。マリウスにすれば忘れ難いグレゴリオ暦のその日だったことに、科学的証明は成立しないだろうけれど、歴史には心がざわつく事実がたくさん潜んでいるなあ、という話でした。この話題、今日と明日のどっちがふさわしかったのかな。

梅かと思ったら、春と秋に花をつける冬桜かも。そう言えば10月頃にも咲いてた。

 

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