日本語が書けなくなった?

日々生きていれば直面が避け難い困り事は、できるだけ早く解決しておかないと、やがて精神に巣食って解消が難しくなる悩み事に移行しかねない。それを知っていても、僕はあるケースにおいて、どっちつかずの放置に追いやりがちです。
ここところ急浮上した困り事は、悪筆または乱筆。ですが、実を言えばそれほど困っていませんでした。僕の仕事は文章書きながら、成果物はいわゆる活字になるので、肉筆が醜悪であろうと関係ない。ましてや現在は、PCに打ち込む時点で活字になってくれるし。
ただし取材に関しては、今もノートに手書き。録音を聞き直すのが面倒という第一の理由で選んだ方法ですが、厄介事がないこともない。すべての言葉をメモできないのは了解済みなので、重要な言葉だけ拾うようにしているのだけど、書き殴りが甚だしい。その中には、時に自分ですら判読に時間がかかる文字もどきが混じります。それを相手がのぞき込むことがありますが、見ないほうがいいと思うんですよね。「読めるの?」って不安になるだろうから。
形になって伝わればいいと勝手に判断した、小学生時代の書き順学習拒否。それを土台にした取材時の速記まがい。以上によって僕の悪筆・乱筆は取り返しがつかなくなりました。けれど先述の通り、肉筆を晒す場面がほぼ皆無なので、何事もなく済ませてきたわけです。ところが母親が渋い顔を浮かべて、これは参ったなあと。
耳がどんどん遠くなるので、大事な連絡事項は筆談に。なのに僕の字が読めないらしい。いつもの癖で急ぐのがダメなのかと、できるだけゆっくり丁寧に書いても、眉間に「?」を示す。そこでPCを持ち込み、画面を200%以上に拡大する手段を取りました。やはり正しい活字は、的確な意思疎通を実現してくれます。
にしても、僕はいよいよ日本語が書けなくなったんだろうか? そんなふうに悩みかけたところで、先日の取材メモに怪しい個所が現れました。検索しても出てこない珍しい方言です。原稿から外せない重要な単語なので、恥を忍んで改めて相手に聞き直したら、僕のメモで間違っていなかった。こうなると「ほらぁ」って親の仇を打ったように自信を回復して、この先も放置を続ける気がしてなりません。

本日の東京タワー。寒風にも震えず建っていた。

 

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