所用で通りかかった、名もなき私鉄駅前の広場。いささか無駄に広く感じた場所で、選挙演説が行われていました。目立つ色合いの旗の前でマイクを握っていたのは女性。それこそ名前を知らないけれど、背後に選挙カーも応援者もなく、一人ぽつんと立って話していたのと、それに耳を傾ける高齢っぽい聴衆が数名だったことで、空間全体のさびしさが際立っていたのが印象的でした。
それから、彼女の話し方も気になりました。今時っぽいっていうのかな。「じゃないですかぁ」と語尾を上げるパターン、あれって何なんだろう。こちらが了解している前提で同意を促しているのかな。僕はそれ、一つの話題で意志疎通が完全に出来上がった相手にしか使えません。インタビュー取材ではNG。了解や同意の押し付けは、聞き手にあるまじき行為だから。
なのに彼女は、寒風吹きすさぶ中でも「じゃないですかぁ」を連発していました。急いでいたので顔をよく見なかったけれど、まだ若いのかな。にしても、訴えを届ける演説にふさわしいとは思えない口調だったんですよね。その、当人は敬語のつもりの喋り方がむしろ新鮮と、あえて修正を求められていないのかもしれません。
それも、通りすがりの僕にはどうでもよかった。ただ、広場から遠ざかる背中に届いた言葉が、別の意味で気になったのです。
「投票率、上げたいじゃないですかぁ。私もついこの間まで選挙に行かなかったから、投票がめんどくさい気持ちはよくわかります。けれど、政治に興味を失って投票に行かなかった人の多くが、生活に困っているじゃないですかぁ。そこから変えたいと私は思うんですが、皆さんも同じじゃないですかぁ?」
確かにそうだよなと同意したのは、孤軍奮闘していた彼女への同情が作用したのかもしれません。そうして直に声や姿に触れれば、絆されることがあるかもと思った次第です。いやいや、絆しで選んじゃいけないのでしょうが、遠く離れた町で立候補した彼女の今後に興味を持ったのは、これまた確かなことでした。

これは本文と別の場所の街頭演説。急に決まった選挙でも、聞き入る人は多いんですね。
