電車の座り方

先月末、仮称A地点に定期的に通うようになり、クルマではなく電車を選んだ件をお伝えしました。実はその時点から、小さく戸惑っていたのが電車の座り方です。
いや、健康的な座り方ではなく、それ以前の、座るか座らないか問題。いわゆる在来線を利用する際、ガラ空きでもない限りは基本的に座りません。理由はいくつかあります。まずは、座るべき方に座っていただくのが筋だと思っているから。それから、椅子取りゲームの断固拒否。さらに付け加えると、座った目の前に立った方を観察して、譲るべきか否か悩むのが面倒臭いというのもあります。
以上に鑑みると、とにかく座らなければ無駄なストレスを負う必要がないという結論に達するわけです。ただし例外は、片道90分以上で、1路線の乗車時間が30分を越える場合。これは考えどころです。往復の疲労を考慮すれば、そのくらいは基本ルールを緩めてもいいはず。なので、実質40分乗り続ける路線において、少なくとも半分以上の時間は座れる策を講じました。
比較的空いている先頭または最後尾の車両に乗る。意気地ない策のような気もするけれど、何にせよ椅子取りゲームは嫌だし、これだけ空席があるならむしろ座ったほうが自然という状況に身を置きたいんですよね。そのためにホームの端まで歩くのもカッコいいとは言えないけれど。
しかしこの策、効果的です。いまだ自分が求める座り方ができなかったケースに遭遇していません。おかげでゆっくり本が読めるし、ウトウトできるし、疲労軽減にも役立っています。
ただ、座れば座ったで、ざわつくことが生じます。体格への意識を喪失したまま自分の居場所を死守する人もいれば、この前などはかかってきた電話に応じた人もいました。席を離れないんですね。電車の椅子って、そんなに貴重なのかな。
そこで思い出したのです。パーソナルスペースを犯される不快感を解消するため、電車利用を避けた過去の自分を。まぁ何にせよ、この社会は大なり小なり自分の思った通りにはならないものです。その縮図を電車の中で追体験しているといった感じでしょうか。
そうした公共交通機関でそれとなく恐れているのは、いつか誰かに席を譲られる日が来ること。素直に従えるかな。他者との距離感が難しい環境下で、そんな日が来ない自分でいられたらいいけれど、どうなんだろう。

そんなわけで、名もなき駅のホーム端っこ写真を撮るようになりました。

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