機会があれば、平成生まれの人にたずねています。昭和をどう思うかと。ミド昭和生まれの僕なら、ひとつ前の元号の大正は、歴史の教科書や小説の中にだけ存在する世界に感じるんですね。その線でいけば、平成の人も昭和に対して同じような感慨を抱くんじゃないかと。
ところがこの質問、聞いておいて何ですが、今のところパッとした答えが得られていません。つい先日の平成8年生まれもそうでした。「特に古いとも思わないし、大きな違いも感じていない」のだとか。ふむ。
平成の人は、元号で何かを区別する意識が薄いのだろうか。どうなんだろう。実は僕にしても、年月を記載する場合は基本的に西暦を使うので、元号意識が強いわけではありません。けれど時代をまとめるなら、元号の幅広さを利用したほうが納得しやすいですよね。
それ以前に現時点の令和では、昭和の人と平成の人の混在率が高く、元号による文化や社会の違いがはっきりしないのでしょう。だからパッとした答えが返ってこないのは止む無し。でも、今のおじさんやおばさん、あるいはおじいちゃんやおばあちゃんは、確実に昭和生まれでしょ。そういう人たちの感覚に触れて、昔を感じたりしないのでしょうか。
僕の期待は、昭和は古い時代という認識を持ってもらうことなのです。まさしく歴史の教科書的な世界として。そうして明確な違いを見出せれば、きっとたずねてみたくなるはず。「昭和ってどんな時代でしたか?」と。
そこでようやく、前半の戦前・戦中・戦後は知らないけれど、高度経済成長期の世相や、その果てにバブルを迎えた社会の浮かれ気分など、僕の体験談を語る機会がやってくる。こっちから先に切り出すと、ただの自慢話になりますから。
その語りたい欲求は、聞きたい欲求と対になっています。大正の人にも、明治の人にも、当時の空気感を教えてもらいたい。そういうチャンスは確実に少なくなっていく。
慶応四年に生まれた方が亡くなったのが、1977年の今日。慶応は江戸時代最後の元号だったので、その方をもって江戸時代生まれの全員がこの世を去ったことになったそうです。江戸時代のリアル、聞いてみたかったな。いや、生まれた年に明治の改元があったから、その方は江戸時代の記憶がないのか? 同じ難しさは明治にも大正にも起きて、やがて昭和にも発生するのでしょう。よければ、早い内に聞きに来てくださいね。

一方で桜は、まだ蕾が固い様子。
