あの日

毎日何かを書いていれば、見て見ぬふりはできない日を迎えます。東日本大震災から11年。あのときのことは、被災地から遠く離れた場所にいた僕でもよく覚えています。それはおそらく、何度か訪れたことのある場所が大変な被害に遭ったこと、そこに知っている方が何人かいたこと、そしてまた震災から時間が経ってもご苦労が絶えなかった方の話を聞いたという、僕なりの生々しい記憶に紐づいているからだと思います。
「こんなことになるなら」。大事な人を地震や津波で亡くされた方々からは、時にそんな切ない悔いの言葉を聞きます。「こんなことになるなら、もっといろんなことをしてあげればよかった」というような。
第三者にすれば、当事者に責任があるはずなどないと思います。だから、そんなことを考えないでくださいと励ましたくなる……。
震災にくらべればごく一般的と言っていい、つまりは病気で逝った父親に対しても、僕は大きな悔いを残しています。「こんなことになるなら」が予測できていたのに「いろんなこと」をしなかったので、後悔など語る余地のない罪の重さも感じています。もちろん僕が何かをしたところで父親の病気が治ったわけではないし、延命の役にも立たなかったでしょう。でも現世に残された者が抱えてしまった悔いや罪は、そういう客観的事実で晴れたり、あるいは時間の経過で薄らぐものではないんですよね。
それだけに、というのもずれているかもしれませんが、11年前の今日、突然の別れに迫られてしまった人が今も「こんなことになるなら」と口にされたら、僕には黙ってそばに立つ以外の術がありません。わかりますと言うことも憚れるまま。
あの日に亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。そしてまた、大切な人を偲ぶ方々も元気でおれますように。

昨日の桜の道を挟んだ先に梅の花。同時開花がこの春の特徴だろうか。

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