一昨日のここで、東日本大震災について「あのときのことはよく覚えている」と書きました。けれど改めて振り返ってみると、僕が克明に覚えているのはあの日、つまり11年前の3月11日当日のことなのです。その瞬間は、当時の自宅から70キロほど離れた所沢での取材後に遅いランチを食べ終えた(実はトイレの中にいた)頃でした。ひとまず家を目指そうと向かった国道が瞬く間に動かなくなったこと(高速道路を使えば混んでいても1時間半の道程なのに8時間以上もかかったこと)。帰路の車中で流しっぱなしにしていたラジオが錯綜する情報を必死で伝えようとするあまりむしろ不安を募らせたことや、どこにも誰にもつながらない携帯電話の電池残量が著しく減っていく様子。ようやくたどり着いた新宿あたりで歩道に人が溢れる(パニック映画でも見たことのない)光景等々、字数が許せば記憶の限りを文字に表すことができます。
しかし翌日以降、たとえば11年前の奇しくも同じ日曜日の3月13日に何をしていたかは詳しく思い出せません。たぶん被害状況を報せるテレビに釘付けで、時折襲ってくる余震におののいてもいたはずですが、そういうのはすべて後付けみたいで、日付や状況などの具体的な事実に紐づいていないのです。おそらく記憶というのは、感情よりも身体の体験が伴わないと正しく整理できないものかもしれません。そういう意味で僕が個人的なパニックに陥ったのは3月11日以降と言えるのだろうと、今になってそう思います。
あの頃も現在と同じように毎日何かを書いていました。ですが、あまりに衝撃的な報道が続く中で(僕なんかが)何を書くべきかわからない日々が続きました。それもある種の思考停止だったと思います。残念なことに、幾度かのサーバークラッシュ等で当時の原稿はすべて消失してしまいました。読み直してみたいと思っています。記憶が鮮明な当日以降で僕が感じていたものにも、今後の僕が忘れてはならない事実があったのではないかと推察できるからです。

周囲が激しく変化してもここは変わっていないと思える場所@有楽町駅付近。
