今日は『バイクの日』なんだそうな。8月19日を強引にバ・イクと読んでしまうわけね。語呂合わせで言えば『俳句の日』でもあるらしい。記念日の由来としてはよくあるケースですね。日付からお題をいただくことが多いので、そのあたりの仕組はよく理解しております。
とは言え、毎日ネタに悩みながらも、ここで『バイクの日』に触れたことは一度もなかったはず。なのになぜ今年は引っ掛かったのか考えてみたら、僕の手元にオートバイがなかったからという結論に達しました。
自動二輪の免許を取得したのが二十歳。教習所に通っている最中に新車を買ってから昨年の8月末までだから、実に40年もオートバイを所有していたことになります。最後の愛車となったのは、28歳のときに手に入れた1972年製の900㏄。これを手放す経緯は、「さよなら主観の塊」というタイトルで2023年9月4日に書きました。他にすることが何もなかったら、読んでみてください。
自分が好きで始めた物事の継続中に、「いつどんな理由で終わるんだろう?」と考えたことがありませんか。僕はよくあります。なぜなら、好きで初めて長く続いた物事が少なくないから。
30年近く必死になったアイスホッケーはそのひとつ。運動量が激しい競技なので、ジジイになったらさすがに動けないだろうとは想像しつつ、けれど引退の年齢を設定してはいませんでした。どこまでやれるか、自分自身で確かめたかったんでしょうね。なのにコロナの影響でチームが解散。この結末はまるで予想できませんでした。
オートバイにしても、40代まではやめるはずがないというか、オートバイに乗らない自分なんてあり得ないと思っていました。しかし人が生きている限り、生活環境や種々の事情の変化は否応なく訪れる。そういうのは気合いでなんとかならないんですね。そうして僕は、60歳の終わりにオートバイを手放しました。
アイスホッケーもオートバイも、体力の限界だったらよかったと思ったりします。そうではないから、心の一部が欠けたような気持ちになるのでしょうか。だからこそ、精神ならびに物質の欠損が明らかにされる『バイクの日』に切なさを感じたのかもしれません。
こんなに引きずるなら、何もかも長く続けなきゃいいのかな。でも、最初から終わりを決めて好きになれるものなんてこの世にあるのだろうか……。そんな強がりを膨らませて、今日はぐだぐだな思いに開き直る1日とします。

ご報告するまでもありませんが、好きで始めた野球は絶賛継続中です。
