歴史はすべて地続き

毎月25日と言えば請求書を整える日で、普段は使わない元号の令和8年を始めて記すタイミングになるなあとか、例によってどうでもいいことを書こうとしていたら、1月25日にとんでもないことが起きていた事実を知りました。
1938年(昭和13年)のこの日は、石ノ森章太郎さんと松本零士さんの誕生日。昭和漫画界の巨匠なので、僕ら世代なら「そうだったのか!」とか「そんなことも知らなかったのか?」とか、説明不要で盛り上がりそうです。若い人たちはどうなんだろう。まあいいや。ほったらかしで話を進めます。
石ノ森章太郎さんと言えば、僕は何と言っても『仮面ライダー』です。ヘルメットから後ろ髪をなびかせてオートバイに乗る姿が、たまらなくカッコよかった。これはテレビ版による無邪気な憧れだけど、ご本人が描かれた漫画版はかなり切なかったです。
改造人間にされた主人公が、軽く握っただけでコップを割ってしまえることに悲哀を覚えるんですね。その描写を見て、子供ながらに『仮面ライダー』の真実を理解してしまった、少し大人びた感覚を覚えました。
松本零士さんは、『宇宙戦艦ヤマト』より『キャプテンハーロック』。おそらく今では語るのが憚れるような、男の生き様を示し続けたところに惹かれました。
松本さんは、確か少女漫画がデビュー作なんですよね。そのせいなのか、まつげが長くてロングヘアで細身の、松本的美人画が確立されていたようで、女性の描き方が素敵でした。セクシー系の作品は、なんかもう、ドキドキしながら読んでたなあ。
お二人の個性はそれぞれに際立っています。だから接点などないと思っていたら、かの手塚治虫さんのアシスタントを同時期に務めていたらしいんですね。共通点で言えば、石ノ森さんは宮城で、松本さんは福岡で、互いに10代の半ばには「凄いヤツがいる」と噂になっていたそうな。
そんな彼らを、二人も憧れたはずのマンガの神様が呼び寄せ、結果的であれ、日本のマンガ史やアニメ史の継承者を育んだわけです。何が言いたいかというと、歴史はすべて地続き。より精緻で複雑な現代の作品も、強いて言えば先人たちの子供なんですよね。すでに鬼籍に入られたお二人には、生まれてくださってありがとうございますとお伝えしたいです。

見慣れたものを見直してみただけです。

旅の気分と損得勘定

仮称A地点とする場所に、週1から2の頻度で通うことになりました。そこで考えるのが移動手段。距離にすると約50キロ。となると僕の場合、真っ先に上がるのがクルマです。約束の時間に間に合えば、いついかなるタイミングで出発してもいい。帰路も同様。その後に予定がなければ寄り道も自由。
けれどクルマが常になり過ぎると、おもしろみを感じなかったりします。なおかつA地点にたどり着くには、どうしたって都心を通過せねばならず、「きっと帰りは渋滞に巻き込まれる」という経験値が、時に嫌気を催したりもするのです。
しかし幸いなことに、今回の目的地は電車の駅が近い。ただし電車は不慣れ。そこでアプリに助けてもらいました。すぐにいくつもの乗り換え手順が示されます。本当に便利。かつては知っている範囲の路線を基準にしたルートしか頭に浮かばなかった。
いずれの乗り換えでも1時間15分程度。渋滞が少ない時間帯のクルマより10分くらい遅いのですが、誤差範囲ですね。何より電車なら、行きも帰りも定時運行されるのが救いになるし。
そうして新たな選択肢を得た幸運を生かすべく、電車を利用してみました。片道50キロを線路でつなぐのが珍しかったせいか、地下鉄以外の往路は車窓を眺めたりして、それとなく旅の気分を味わえたのがよかったです。復路は本に集中できる。20代前半までの会社員時代を思い出して、懐かしかったし重宝しました。読書はクルマじゃ無理ですから。
そんなこんなで、すでに5回の往復中、4回は電車。なのですが、慣れというのは怖いですね。もはや旅の気分は薄まってしまいました。最初のうちは、スマホの指示に従って数回の乗り換えを楽しんでいたのです。けれど面倒臭さが勝り、多少時間はかかっても乗り換えの少ない手順に移行しました。車窓を眺めることもしなくなった。
つまるところ目的は、A地点に正しく到着する以外にありません。その間の移動は業務に過ぎない。なのにあれこれ求めるのは、一択しかない人や、移動そのものが困難な人を思えば、過度に贅沢な話なのでしょう。
これからA地点に向かいますが、本日は電車です。これまたスマホが教えてくれる高速代+燃料費と電車賃を比較すると、後者が安いから。損得勘定に落ち着く自分について、行きの車内でゆっくり考えてみます。

その日は、電車でも突発的な事故が起きれば大遅延が起こる事実を思い知らされました。

[雪が積もる時期には2階から出入りします]

首都圏で生まれ育った子供の頃の僕は、雪国に憧れていました。社会科的に言えば豪雪地帯の冬の暮らし振りを、小学校の図書館にあった分厚い本の中で見つけたのです。粗めのモノクロ写真に、こんな一文が添えられていました。
[雪が積もる時期には2階から出入りします]
その下方にさらなる説明。家屋の壁を内側から撮った写真が、脚立みたいな昇降器具でたどり着く冬専用の扉の存在を示してくれました。
なるほど! 雪国の家は冬の大雪を前提にした構造なんだ。そんな家ってカッコいい。それに、1階を完全に覆い隠すほどの雪が降るなら、自分ちの団地の4階のベランダから飛び降りられるかも、とか思ったわけです。無邪気というか、アホですよね。自分ちの団地の1階や2階が雪に埋もれる酷さなど考えないんだから。
それから、かまくら。雪室という漢字が充てられる雪の家も興味津々でした。いつかつくってみたい。その中でお餅を焼いて食べてみたい。そう願ってみても、首都圏に降る雪など高が知れていて、せいぜい形になるのは雪だるま。それも泥まみれで、自分でつくっておいて何だけど、いつもみすぼらしい存在でした。
まるでわかっちゃいなかった。2階に扉があっても、実は出入り自体を控えるほど厳しい季節を過ごさなければならない事実や、本来のかまくらは水神様を祀る伝統行事で、決して娯楽ではないことも、かつての僕は完全に見過ごしていたのです。たぶん、未体験のアトラクションみたいに思ったのでしょう
それから何十年が経ち、いろんなことを知ったおかげで、それなりに雪国の冬を慮れるようになりました。けれどいまだに想像の域を出ないと実感するのは、窓の向こうに首都圏らしい冬晴れが広がるエアコンの利いた部屋で、大寒波襲来のニュースを眺めているときです。ぬくぬくとしたもんです。もし映像の中の町に一人暮らしの母親を置いていたらと思うと、少しだけぞくぞくします。

酷く寒そうな空だあなと思って。

伝えたいという強い気持ちの前では

「何かを書き残したい!」という意欲を持っている人が少なくないようです。そんな方々の多くは、すぐにでも書き込めるSNSの類ではなく、1冊の本にしたい希望を持っていらっしゃる。手に取れる印刷物のほうが、形として残す意義を確かなものにしてくれるのかもしれません。
不確定ながら、営業職の友人からこんな依頼を受けています。孤軍奮闘してきた独自のメソッドを、自分の後継者の参考書としてまとめたいらしいんですね。そういうのは口頭でも伝えられるんじゃないかと言ったら、日々の業務の中でじっくり話せる時間が取り難いと返されました。
このケースでは、インタビューによる聞き書きが求められています。であれば、僕でも協力できる。ただし、自分の言葉を他人に著される習慣がない人は、いろいろ迷われるのが常です。なので、しっかり伝えたい部分を然るべき場所に置くための組み立てなど、長い文章を最後まで読んでもらえるよう、説得力をもって整えていくのが僕の務めになると思います。実際にやるとなったら、なかなか大変ですけれど。
一方で、やはり心血を注いでいる仕事に関して、すでにあれこれ書き留めている方もいます。いつか本にできたら、という願いのもとに。
この方からは、特に依頼を受けていません。そういう習慣があると話してくれただけ。もし具体的な発注があれば、基本的には先と同じ方法で協力できるでしょう。でも、そんなおこがましい話はせず、ただの感想を口にしました。どうしようもなく書きたいことがあるのは素晴らしいですよねと。
本当にそう思うのです。僕の生業は物書きだけど、目的が明確な発注があって成り立つ稼業なので、技術や経験による個性ないしは癖が出るにせよ、個人の我や欲望を押し出したりしません。というより職業的には、どうしても取りたい仕事はあっても、どうしようもなく書きたい衝動に駆られる機会が少ないのです。振り返れば僕の場合は、おそらく一度だけ。それが本になったのは幸運という他にありません。
そんなわけで、「何かを書き残したい」と思ったなら、形になるタイミングに巡り合うまで、その意欲を保ち続けてくれたらうれしいです。話し方や書き方の上手下手など気にしなくていい。そんなものは、伝えたいという強い気持ちの前では意味を成しませんから。

電車も顔なのかな。

冤罪はすぐそこに

あってはならない事態を生みだす心理を体験しました。
日々利用するデジタル小物のガジェット。朝食前に充電するのがルーティンでした。それが先日、突然チャージ不可に……。
現場状況を説明します。ガジェットにつないでいるのはタイプCケーブル。電源ソケットに差し込むアダプターは2口タイプ。汎用品ながら過去にトラブルはなく、何しろ前日まで不備なく充電を可能にしていました。なのになぜ?
そこで僕が最初に取った行動は、ケーブル接続のチェックでした。使っているうちに差し込み口が甘くなるのはよくあること。なので、何度か差し込みを繰り返し、なおかつアダプターの2口も交互に差し替えてみたのです。しかし、ガジェットが充電を始める様子はなし。かろうじて充電ゼロを示すランプが灯るだけ。
となれば原因は、使って2年は経つガジェット本体。なぜなら電子製品というヤツは、不具合の予兆なく突然壊れるものだから。
以上の結論に至り、僕は決断しました。さして高価でもないし、あるいは今回の件が交換のタイミングなら、朝飯後に新品のガジェットを買いに行こうと。
犯人の特定、および事態の改善が叶えば、すべてが解決するはずでした。ところが、まっさらのガジェットにケーブルを差し込んでも充電が始まらない? 新品に微かな充電残量があったので、正常に作動することは確認できたものの、充電できない理由がわかりませんでした。もしや我が家への電力供給自体にトラブルが起きているのか……?
時系列にそって状況を洗い直せば、どこで何を間違えたか明らかですよね。僕が最初にすべきだったのは、自宅にある別のケーブルによるテストでした。なのに最後までケーブルを疑い続けた。これが決定的な落度となり、ガジェットに濡れ衣を着せてしまったのです。
刑事ドラマでは、都合のいいストーリーに縛られて冤罪を生むケースがよく出てきます。実際の捜査はもっと慎重だろうと、脚本の粗さを嗤ったりするわけですが、あれはきっと、日常生活でも起こり得る思い込みの愚かしさを伝えるのが目的なのかもしれません。
別のケーブルを使ったら、新ガジェットは瞬く間に充電を開始。ゆえに真犯人のケーブルは廃棄の刑に。ちなみに、旧ガシェットも充電できました。同じものを二つ抱えることになった責任は、逃れ難い罪として背負っていきます。

花弁がぱらぱら散っていたから、ツバキでなくサザンカかもしれない。

なりたい人

合衆国の憲法では、1月20日に大統領の就任宣誓および就任式を行うことが定められています。従って、1933年の日付改正以降に選出された方々は、この日から大統領を始めてきました。
現大統領のトランプさんが2期目の就任式を迎えたのも、昨年の1月20日。なので今日あたりは、「この1年」的な見出しが各メディアで踊ることでしょう。ここでは彼の言動について触れません。僕には専門家に匹敵する解説ができないから。
その上で一個人の雑感を語るなら、少なくともこの1年間で発しためちゃくちゃな言い分を押し通せる人格の強さは圧巻と言っていいものでした。あれほど強引な人、いかに最強国の元首と言えど稀なんじゃないでしょうか。
そこでアメリカの皆さんに聞いてみたいのは、トランプさんに憧れる人と、大統領になりたい人のどちらが多いか。「トランプ大統領になりたい」という人もいるのかな。僕はどれも御免だけど、そうではない大統領になりたい人がいてくれると、ちょっとホッとするかもしれません。
この話、例によって飲み屋が起点です。扉を開けた瞬間、お一人様男性の大きな喋り声が響いてきました。
見たところ会社員風。年齢は僕より上かな。ということは定年間近。しかし、くたびれた様子はなく、むしろ威厳を醸すように堂々とされていました。それ自体を声の大きさで表すような方らしく、店主に向けた会話が筒抜けになるのもまるで気にされていませんでした。
「今日は名古屋で○○の社長と会食だった」
「その会社の人、僕に紹介してくれたら、もっと話が広がるよ」
「あの有名店の店主も、開店3年目が勝負だって言ってたな」
などなど、個人の経験や感想ではなく、世間的な価値観を軸にした、つまりは印象通りの話題ばかりでした。属されている業界は推測の域を出ませんでしたが、いずれにせよ重責を担っている方々と面識があるみたいです。それが本当か嘘かはどうでもいいのだけど、聞かれもせずに立場や人脈を語り出す人には、強権発動的な人格を感じます。その強さで上位を奪い合う世界しか知らないのでしょうか。
世界は至るところで衝突しますが、その現場には僕がなりたい大人がいてくれることを信じたいです。

やっぱりクルマは顔だなあ。

打算と無縁な存在

どんぶり勘定の僕ですら、最近は物の値段が上がりっぱなしの実感に苛まれています。その戸惑いは、買う側だけが抱くわけではないみたいです。
海外ブランドを扱うギター屋も嘆いています。まずは円安。加えて世界的な資材不足や運送費&人件費などの高騰によって、新品の値段が上昇の一途。商売を知らない素人は、人気ブランドが高く売れるなら、より儲かるんじゃないかと思ったりするのですが、「アホか」と呆れられます。何よりも、高値に臆した買い控えが怖いそうな。為替の不利益分をぐっと飲みこんだ日本価格を設定するにしても、我慢の限界はあると。そう聞かされれば、返す言葉がありません。
新品価格の高騰以上に異常なのが、年代物の値段。経年した木工製品が、すべからくただの中古品やオンボロにならないことはわかっています。その時代ならではの技巧や材を用いた、今ではつくれない製品が高値で取引されるのは当然。限定的な価値を有したヴィンテージが憧れの的になるのも理解できます。
しかし元々高価な年代物が、この15年くらいで10倍20倍の値をつけるのは狂っているという他にありません。投資の対象にされているのが理由らしい。これには音楽家が嘆きます。弾きもしないのにと。
そうした状況は、ギターに限らず様々な領域で起きていますよね。だからたまに、世間に敏い人から耳打ちされたりするのです。「あんたのギターだって値上がりしてるんだから、売ったら儲かるんじゃないの?」と。
そんな声には聞こえない振り。僕にとってギターは、打算と無縁な存在。他人の価値観なんてどうでもいいのです。
そんなわけで、手元に来て24年目を迎えたギターの相場には目を背けてきました。だけど本日の話題におよび、ちらっと見てしまったのです。新品価格は約2倍。中古品も購入時の水準に達していました。でもまぁ、「へぇ」ですけれどね。
もうひとつの耳打ちは、「あんたのクルマも」です。旧車の価値が上がっているのは知っています。でも、絶対に調べません。期待するのもがっかりするのもイヤ。それに買い取り額を探っているなんてオンボロに気づかれたら、へそを曲げて動かなくなりそうだから。

営業中かすら定かではない、布団屋さんと思しき店先の招き猫。表情が健気で……。

この世界では取るに足らない疑問

私立の学校に通っている、近所の小学6年女児の話です。この春から中学生になるので、どこに進むかたずねたら、同じ学園の中高一貫校に通うと、そばにいたお母さんが教えてくれました。敷地も同じなんですって。
ふと、疑問をいだきました。6・3・3の12年間も同じ場所を往復するなんて、飽きたりしないのかなと。でも、直接的に問うのはよろしくないと思い、親子の目の前にぽんと置くように、「通学路は変わらないんだね」とたずねてみました。
「う~ん」と応じたのは小6。会話自体に興味がないのか、あるいは再び続く6年間の通学に実感が湧かないのか、軽く流されました。
「でもこの子、今は1本で行けるバスで通っているんですけれど、朝などは居眠りして、学校のだいぶ先まで乗り過ごすことがあるんですよ」
そうした位置確認は、学校支給のGPS搭載装置で可能になっているそうです。それを便利な時代のおかげと称えるべきか、物騒な世の中のせいと嘆くべきか。この問いかけは、ひとまず横に置きました。
「途中まではバスに乗って、電車に乗り換えるルートもあるんです」
これは、僕の疑問に気付いたらしいお母さんが検討している、新たな通学路計画。他にも、最寄りの電車の駅から一度だけ乗り換えるルートもあるけれど、そっちの路線の通勤通学時間帯は激しく混雑する上に、痴漢被害が心配なんだとか。やっぱり世の中の一部には、極めてろくでもない奴がいるんですね。
話題の中心に据えられた当人は、集中するでもなく耳を傾けていたので、僕から切り出してみました。いっそ徒歩で通ってみたらと。これは「1時間はかかる!」とあっさり却下されました。乗り過ごしのロスタイムを考慮すれば同じくらいじゃないかと思ったけれど、無駄に嫌われたくないので、ここでこの会話を閉じました。
でも、僕の疑問は解消されていません。自分なら確実に飽きるに違いなく、振り返れば6・3・3で切り替わった通学途中の風景や寄り道が懐かしく感じられるから。それが大人になる上でどれほど役に立つのかは証明できません。何しろ、あちこち寄り道したせいで“こんな大人”になった僕が、未来ある子供たちの手本になれるはずもない。
だからそもそも、親になったことも、子の心配をしたこともない僕の疑問なんて、この世界では取るに足らないものなのでしょう。この週末は共通テストがあったりして、進路という言葉に迫られる親子が多いと思います。皆さんの希望が叶いますように。

かなり久しぶりに利用した、高校時代の通学路線。懐かしさより新鮮さが勝ったかな。

 

 

17つながり

自己顕示欲を晒すような話ですが、自分の名前が17日の誕生日由来ゆえ、どんな場所であれこの数字を見ると、「オレの」となってしまうわけです。僕だけにかけられた呪いかもと密かに憂いでいたら、数字名前の人は同じ感覚を持っていることを知りました。二三男さんという方は、街のパーキングで「230台駐車可能」という看板を見かけると、「俺の駐車場は立派!」と納得するそうです。何だかホッとしました。
そんなわけですから、誕生月はさておき誕生日が同じ人に対しても、勝手にシンパシーを抱いてしまうのです。その始まりは、山口百恵さん。伝説の歌姫と呼ぶにふさわしい方の誕生日が1月17日。そういうのは「スター名鑑」みたいのに載っていて、あの百恵さんも17なのかと、10代前半だった僕は、かなり強引に親近感を手繰り寄せたりしたわけです。それでどうなるものでもないのですが。
他方で1月17日は、1995年に阪神・淡路大震災が起きた日でもあります。不謹慎の類でしょうけれど、そのときに思いました。百恵さんはどう感じたんだろうと。天災に見舞われる日付なんて、誰にも予測できません。なのに、よりによって自分の誕生日と重なるなんて、その年以降も祝う気分など持てないんじゃないかと、僕はそれが気の毒になりました。
いや本当に、勝手ですみません。1年365日いずれも、誰かの誕生日であり、誰かの命日なので、自分事との符合を考えていたらきりがなくなります。だから、それはそれ。これはこれ。
ただ、自分の中にぶれようがない基準点のようなものがあると、それを起点にいろんな物事とつながったり、忘れられなくなるというだけの話です。大谷翔平選手に憧れたんだと思われようと、ユニフォームの背番号は17以外にないと頑なになるのも、僕の基準点がぶれない証拠と言えるかもしれません。って、これは引き合いに出す例じゃないですね。
その後の大きな地震災害で忘れかけられているところもありますが、阪神・淡路で亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。そしてもちろん、百恵さんのお誕生日もお祝いさせてください。

出会うのではなく、自分から見つけに行っている気がしなくもない。

ひとりで年間数百億円

時事に触発された話題ですが、先日発表されたスポーツ選手の長者番付によると、スポンサーなどの副収入額で第1位になったのがドジャースの大谷翔平選手だそうです。その額、約159億円。野球のみの稼ぎが約163億円らしいので、もはや投げたり打ったりしなくてもいいんじゃないかと思えてきます。違いますね。投げたり打ったりする成績が異常に素晴らしいから、破格のスポンサーがつくんでした。
とは言え、大谷さんは全地球的に別格。突き抜けた存在だけを見ていると頭がおかしくなるので、平均やら最低を調べてみました。比較対象もご用意してあります。
●平均年俸/MLB:約7億6千万円 プロ野球:4900万円。
この時点で両者の差は明らかです。ちなみにプロ野球の最高年俸は、今年からMLBに行く村上宗隆選手の推定6億円だそうな。日本のトップがアメリカのアベレージですからね。そりゃ向こうで活躍したくなるでしょう。
上を見るときりがないので、次はボトム編。
●最低保証年俸/MLB:約1億2千万円 プロ野球1軍:1600万円
「日本の10倍かよ!」って、いちいち驚くのも疲れます。なので、さらに底へと視線を下ろしていきます。
MLBは、メジャーリーグとマイナーリーグという大きな区分があります。めちゃくちゃ稼げる可能性を秘めているのは、メジャーリーグに属する約1200名の選手。その下には、AAA、AA、A、ルーキーの各リーグが控えています。その下部リーグの日米最低年俸が、なかなか興味深いのです。
駆け出しのルーキーリーグは約260万円。これに相当するプロ野球の育成選手は240万円。メジャーリーグのすぐ下のAAAは600万円。プロ野球の支配下選手は440万円。
繰り返しますが、以上は最低年俸。ボトムラインには大差がありません。なのに、メジャーリーグとプロ野球は、その後の伸びがまったく違うわけです。
そうなる理由は僕に語り切れないけれど、ざっくり言えば文化の違いですよね。成功者の姿や基準がまったく異なっているのでしょう。その末に極端な格差が生じるのも止む無しとしているのかもしれません。
それにしても、ひとりで年間数百億円って、訳が分かりません。いや、訳を知ると自己憐憫が激しさを増しそうなので、決して脇目を振らず、僕は今日も僕の仕事に励みます。

午前6時15分の赤信号。寝ぼけ顔が亡霊みたいに写っている。